第3話 きっと僕は鈍足なのだろう。
「ここの弁当は本当に美味しいね」
レジの前、僕がふくよかな体型の中年男性にお釣りを渡す時、そんな声が聞こえた。
僕は、にこやかな顔をしながら男性を見てありがとうございますとお礼をいった。
店側にいる僕は当然お店のことを知っている。
とこの中年男性は思っているのだろう。自動ドアが開く。チャイムを聞きながら僕はどこか申しわけない気持ちだった。それはこのお店の新鮮なお弁当がどこから来ているか、まったくもって知らないからだろうか。
時間は、お弁当の所在を頭の隅に残しながらもうすぐ昼の時間だ。カウンターの横、レジのすぐ後ろにあるドアが開く。店長がお弁当を重そうに持ってくる。僕は、当然ながら変わりに持つと弁当を持った。
「ふー、ありがとう、じゃぁいつものところに並べてくれると助かるよ」
店長は額に腕を当て、掻いた汗を拭う。僕は手一杯のお弁当をふと見た。すると幕の内弁当の一つのおかず、アジフライが見えるのだが、なんだか様子がおかしい、ピクピクと動いているようにも見えた。僕は慌てて弁当をいくつか落としてしまう。
僕は焦って弁当越しに落ちていくのを目で追う。目の前で起きたとこを文字で表すなら、手が増えた。これが一番合っているだろう、もしくは恐ろしい速さでお弁当を拾ったか。とりあえず僕の脳が事象に追いついたときにはすでにお弁当は店長に手の上にあった。
「お、とやっぱり僕が半分くらい持つよ」
そう言うと店長は僕から半分とってカウンターから売り場に行く。
僕は手にあるお弁当を専用のコーナー棚においた。しゃがみながらお弁当を前陳する。
「店長、このお弁当、さっき動いたように見えたんですが」
「それはそうさぁ、うち鮮度が売りだからね」
「し、新鮮って、これアジフライですよ!? アジが捌かれ、衣をつけられたあとに180とかそんな温度の油に数分さらされたものですよ!?」
「な、長いツッコミだね……」
「それは、いかにそれがおかしいかを読者にもわかりやすくするためで……あれ読者ってなんだろう、なにか言わされた気が……」
「と、とにかくそんなに気になるなら調理背景を見てみればいいじゃないか」
店長は、そういい、立ち上がると、僕を厨房に招いた。
カウンターとスタッフルームの間部屋がそのまま厨房になっているそのため僕だって、出勤した時退勤したときはもちろん、何か必要なものがあるときだって通る、今更この間部屋に何があるのだろう。僕は疑問をよぎらせながら店長の背中を追った。カウンター、 その裏のドア、更に厨房へ、本当に見慣れた光景だ。
「お弁当って厨房で作ってるんですか?」
そんなわけがない、なんと言ってもずっとレジ打ちをしている時、常に隣にある厨房。そこからは音一つしない、人も、もちろん気配すらない。僕は一応で聞いてみた。
「ここ以外に厨房はないよ、ここに決まっているよ? ほらそこにいるでしょ?」
店長は誰も居ないコンロのあたりを指差す。誰もいない……誰も……あれ? でもよく見るといるかも知れない。
僕は自分の目を疑った。まるで擬態したカメレオン、だまし絵の答えを知ってなんだか不思議とそれを理解する。そんな爽快感すら感じた。
目の前には、マスクに調理帽子、実験用メガネというのか、目を保護すると思われるゴーグルのようなものをつけている。
「!?」
あ、なんか驚いた様子だ。それだけは伝わった。服も調理服と言うよりは防護服って感じだ。体型や身長からみて女性だろうか? 顔がわからないからあまり確証はないけど。
「!!?!?!」
なんか、動きが可愛いな。身振り手振り店長に何かを伝えようとしている。僕はなんとなくの様子だけで伝わることに驚いた。
「あ、気づかなくてすいません、はじめまして……」
「いや、君のシフト前から一緒だったよ……毎日挨拶していたし、一方的に」
「!!」
彼女は親指を立てて合図する。よくわからないが結果オーライな様子だ。
「↓↓」
ん?落ち込んでいるのか? なんだか情緒が不安定な様子だ。気づかれなかった自分をどこかコンプレックスに感じている様子にも見える。
僕は雰囲気だが彼女の落ちた肩を見て笑った。
「!!」
怒っているようだがその中でも笑っている様子だ。彼女は再度親指を立てる。
「店長、彼女のお名前は?」
「僕も正確なところはわかんないけど、みんなはシンって呼んでいるよ」
「よろしくおねがいします、シンさん!」
僕は再度シンさんの方を向いて頭を下げた。
シンさんは僕の下がった頭を軽く叩くとこれまた親指を立てて見せた。
なんかよくわからないがよろしくって様子だ。
「ところで、シンさんってこの厨房で、調理しているんですか? 音も聞こえなかったですけど」
「丁度いいや、佐藤くんに一個お弁当を作って上げて」
店長の声にシンさんの雰囲気はガラッと変わる。殺気のようなものすら感じた。
僕がまばたきをした時、すでにまな板の上でアジがはねていた、まるで今まさに採って来たかのように。
そして驚いて二度目のまばたきをする。するといつの間にかコンロに移ったシンさんが油にアジを泳がせている様に見える。もちろん衣もしっかりついて腹はきれいに開いているおまけに頭もない。
そして三度目のまばたきをしたときにはすでに僕の前にシンさんがお弁当を差し出していた。蓋のしていないお弁当の上でアジフライがはねている。
「ね、新鮮でしょ? 佐藤くんこれは店からのサービス」
「いや新鮮とかのレベルじゃないでしょ!」
思わず出たツッコミを恥ずかしそうに懐にしまった。
「ところでシンさんの名前の由来って……」
こんな質問をするのにもどこかで見たことがあるからだ。そうだこの速さ、ゲームで見たことがある。気づいたときには背後に迫り、次の瞬間にはすでに死体が出来上がっている。
「確か、じゅうじぐん? だったかななにかあった気がするけどごめん思い出せないや」
あ、もう十分です。わかりました、アサシンですね。
彼女の顔を見るとどこかそんなオーラが……オーラにしては物理的……
彼女は頭から湯気を出していた。よく見るとゴーグルが曇っている。
「それ、熱くないんですか?」
「!!!!」
全然熱くない!とどこか意地を貼っているような様子だ。
「いや、一回だけ彼女から聞いたことがある……きがするのだけど……確か」
こんなに喋らない彼女が喋って店長に伝えたこと、なにか重要なことだろうか?
「た、たしか?」
「確か、外気にさらされすぎると……」
「すぎると?」
「モーレンカンプオオカブトみたいになるんだとか」
「ん?モーレンカンプオオカブトってあの三本の角がかっこいいヘラレスオオカブトに次ぐ少年人気の高いカブトムシの!?」
「や、やけに詳しいね」
「!!!?」
シンさんの顔が赤いように感じる。恥ずかしがっている様子だ。店長を平手で何度も叩いている。
僕は驚きを通り、過ぎて呆れ厨房の机に手をつく。目を開けるとさっきのお弁当の上でアジのフライがとうとう力尽きようとピクピクしていた。
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