エピローグ


あの後。

こっちに向かっていた救助隊の大人たちにちょうど出会して、助けを求めた。妹がナイフで刺されたと訴えたら、大人たちはすぐに俺たちを近くの避難所まで連れて行って…俺も妹も、命は助かった。

避難所には他にもたくさん、怪我をした人や逃げてきた人が居た…痛みを訴える呻き声の中で数時間を耐えていたら、放送が鳴った。

ミサイル注意報は解除されたって。

…解除も何も、実際に降った。実際に降ったから、これ以上は降らないと判断されたんだろう。少し腹が立った。


そうして朝になって。

俺も妹も少しだけ眠った後、声が聞こえた。

母さんだった。

なんだか久しぶりに聞いた気がする母さんの声に、俺も妹も、少しだけ泣いた。抱きしめられて、よく頑張ったね、よく生きていたね、と言われて。

…ようやく思い出した。


ミドリ。


どうしてあの時、救助隊の大人たちを、ミドリの所へ連れて行こうとしなかったのだろう。

ミドリが死んだところなんて見ていない。

大人たちを連れて行っていれば、ミドリを助けに行けたかもしれない。

ミドリ。

ミドリは居ないのか。

…母さんに聞いてもどうしようもないのに、俺はミドリの居場所を尋ねた。ミドリの安否を尋ねた。

…でも、どこかでわかっていた。

きっと、ミドリは死んだんだ。

街の外の人間に殺された。

本当は聴こえていたのかもしれない。

あのバカ笑い。本当に楽しそうなバカ笑い。

それが一瞬で途切れたのを、聞いていたはずだ。

…だから、俺は、今更自覚した。


いつも能天気なミドリのことが。

案外頭がいいミドリのことが。

俺たちを助けてくれたミドリのことが。

俺は、ミドリのことが…───



×



「転校生を紹介します」


「ねえ、ヒノトくん。どうしてこんな時期に転校してきたの?」

「この前さ、東区にミサイル降った話知ってる?」

「ヒノトくんの妹ちゃんって、何で喋れないの。何かの病気?」


…俺たちが通っていたB小学校は数週間封鎖されることになった。生徒たちはしばらく休校という形になったらしいが。

俺たちは、救助隊とはまた別の変な大人たちの指示で、西区のK小学校に転校させられた。

そして、ミサイル被弾に巻き込まれたことや、外部の人間と遭遇したこと…主に、ユーマやショウから聞いた話などは、口外禁止だと忠告された。

…結構、しんどかった。

ミサイルのニュースの話を振られたり、奇妙な時期の転校を指摘されたり…勘のいいやつなんかは、疑ってきたりする。隠し通すのに毎日必死だ。

特に妹は。カナエは。

あれ以来ほとんど声が出なくなり、ミサイルの話をされれば取り乱して気を失うこともあるし…それ以外の時は、ぼんやりと笑うだけになってしまった。

それでも…特別学級だが、学校にはちゃんと通っていた。無理をするなとも言ったが、カナエは笑っていた。頑張っていた。

…俺たちは、もう普通には戻れないし、囲んでくる生徒たちや教師が、本物の人間ではない、ウイルスに感染した奇形人間なのだと理解してしまって…毎日がすごく違和感しかないけれど。

…けど、やっぱり。

何も変わらない。

俺たちは、やっぱり人間と何も変わらないんだ。

「ねえヒノト」

「何だ、ミドリ」


「…ちょ、あのさ。私はアオイ。覚えてよ、いい加減〜!」


…あいつによく似た友人もできた。



×



夕空の下…カナエと手を繋いで家に向かう。

大丈夫。

前の家の方が居心地は良かったけど…新しい家のアパートには、地下に避難部屋があるから、住民みんな一緒だから、寂しくないし、怖くない。

大丈夫。帰ろう。

夕空に警報が響き渡って。

携帯が嫌な音を鳴らして。

でも、もう家は目の前だから。

ぎゅっと手を繋ぐカナエが、不安そうに俺を見るから。

俺は笑って。

「大丈夫」

そう言って。

アパートの前まで走って。

外で待っている母さんに手を振った。



ただいま。



終。

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