第7話

Montgomery Arms.

7.


衝撃の事実…なんてものを突きつけられれば、もっと発狂するもんだと思っていたけれど、まあ案外、静かな気持ちだった。

絶望感とも何とも言えない気持ちなのは…私だけなのかな。

一瞬眠れたような気がしたけれど、気がついたら目が覚めていた。

「…ヒノト、起きてる?」

…試しに聞いてみたけれど、答えは返ってこない。

みんな静かに寝息を立てている…寝袋から身体を起こしてみたけれど、布擦れの音に、ユーマさんでさえも目を覚ますことはなかった。

…もしかして私、本当は誰よりも取り乱してるんじゃないか。そう思うと笑えてくる。みんなのように眠ることすらできない。ユーマさんとショウくんに聞かされた話を、まだあんまり理解しきれていない…んじゃなくて、理解することを嫌がっているのでは。

笑える。

私は臆病者なんだ。

「ははは…!」

暗くて静かな教室で、ひとりでケラケラと自分を笑う。でもやっぱり、誰も目を覚まさない。

私は寝袋から出て、教室を歩き回る。

みんなの寝顔を覗いてみる。

ヒノトは何事もなかったかのように、アホヅラで寝てやがる…こいつはやっぱりバカなんだな。

その隣のカナエちゃんは、寝顔も可愛い。本当にヒノトの妹なのかと疑うほど、その寝顔は似ていない。いいなあ、可愛くて。

イズミちゃんは…少し苦しそうな顔だ。この子が一番取り乱していた。明日からどうやって過ごすんだろう。私がお話を強要しちゃったせいで…申し訳ないなあ。

ショウくんの頬には涙が伝っていた…そうだよ。この子は家も家族も失っているんだ。私らが他人事や遠くのことだと思っていたことは、案外近くにあった。この子は諦めた顔の裏で、ずっと悲しい気持ちを隠していたんだ。

ユーマさんの寝顔は、まるで子供のようだった…って当たり前か。小学生だもん。私と一歳しか違わない。どれだけ背が高くて、大人びた顔で、声変わりをして、すごく難しいことを話してくれても…この人はまだ子供なんだよ。私らと何にも変わらない。

…サヨコ先生は。


…サヨコ先生は、どうして戻ってこないんだろう。確か、夕食のお皿を廊下に出しに行ったきりだ。

…花火のような音が散々聞こえていた。あれは何だったんだろう。

…ユーマさんが言っていた。

私が見た幽霊っていうのは、本当の人間で。

私らは、ナンタラっていうウイルス感染によって生まれた奇形人間。

だから、小型ミサイル攻撃で駆除される…私たちは、虫扱い。

…そのお話が本当なら。

サヨコ先生は、幽霊に会ってしまったのかもしれない。そして。

───そして?

…私は廊下に出る。

サヨコ先生を探しに行く。

幽霊から助けに行かないと。

…ポケットの中の物を確認する。

私が先生の目を盗んで、盗み取ったなら、きっと私でも、幽霊と戦え───


廊下の窓が一瞬、明るくなった。


途端、学校が大きくゆれた。

窓ガラスと壁ににヒビが入る。

天井から砂と細かい石粒が降ってくる。

私はよろけて床に転ぶ。

…ガラガラと、聞いたことのないすごい音がすぐ近くから聞こえた。

私は教室に引き返す…扉が歪んで拉げていたけれど、開けっぱにしていたから、なんとか中に戻れた。

「ナニ、今の音?」

思ったより落ち着いた声で、みんなに問いかけた。


…教室の後ろ半分は、瓦礫の山だった。

ユーマさんが寝袋に覆い被さるように屈んでいる。下にいるのはカナエちゃんだ。その側で、寝袋から起き上がっているヒノトは、呆然と瓦礫を見ていた。

…イズミちゃんとショウくんは。

…イズミちゃんとショウくんは。

「イズミちゃんとショウくんは」

…確か、に寝ていたはずだ。

ユーマさんがこっちに振り返る。

起きてる時の目はやっぱり、小学生らしくなく冷静で。

寝袋から出てきたカナエちゃんは、ゆっくりとヒノトに抱きつく…ヒノトがその体を受け止めて、頭を守るように撫でる。

だからさ、イズミちゃんとショウくんは。

「…てか、ナニ、これ」

…なんてアホな声で呟いても、ショウくんがバカにするようにため息をつくこともなければ、イズミちゃんの悲鳴も聞こえない。

だから。

いや、もう、その瓦礫を見た時点で私は、わかっていたから。これ以上アホヅラ晒して、わからないふりをするのも本当にアホらしくてさ。

なんか、笑えてきて。

「…あー、ミサイルか」


すごく能天気な声が出て、ひとりで笑った。


そしたら、ユーマさんが頷いて。

カナエちゃんはヒノトから体を離して。

ヒノトがこっちを向いて。

「…まじで、降ってくるんだな」

ヒノトも、能天気な声で呟いた。

引きつった笑みに歪む口角。

カナエちゃんがこっちに向かって走ってきて、私に抱きつく…泣いてはいない。呼吸も乱れていない。ただ、今この状況で生きている私らを確認しようとしている。

だから、私はカナエちゃんの頭を撫でながら、その瓦礫を見つめた。

そこに寝ていたはずのふたり。

今はもう、生きていないふたり。

「…その下に?」

「…下敷きだ」

ユーマさんが答えた。

…でも別に、血が流れてるとか、バラバラになった体があるとか、そんな証拠はどこにもなくて。ただの瓦礫の山で。ふたりの姿は見当たらなくて。実感が湧かなくて。

「あ、そう…」

間抜けな声しか出ない。

上手く感情が声に出ない。

なんだか驚きすぎて、怖いとか悲しいって感情が湧いてこない。

だから、まるで血も涙もないヒトデナシのように、あっさりとその言葉を口にした。

「死んだんだ」

「ああ」

…やっぱり、実感が湧かない。


×


でも、これが事実だ。

私らは本当にミサイルで駆除されるんだ。

ユーマさんとショウくんが言った話が本当の本当に事実だって、嫌でも認めるしかなくて、もう否定しようがない。

…これが現実だ。

とりあえず私たちは瓦礫から離れて…少し考える。なんかもう、色々とやばいのはわかってる。

壁と床にはヒビが入って、窓は割れて…。

「…ここに居続けるのは好ましくない」

「倒壊するからか?」

「それもあるが…俺たちが死んだかどうかを確かめるために、外部の人間がやって来るかもしれない」

「その、外部って何なんだよ」

「JJIIウイルスの感染が少ない、この街の外のことだ」

「だから、そのウイルスってのは、」

「忘れろ。理解するな」

…ユーマさんが少し投げやりな答え方をする。もしかしてこの人も若干焦ってるのだろうか。

…カナエちゃんはヒノトに抱きついたまま、何にも喋らなくなった。何度か大丈夫かって聞いてみたけれど…頷いて微笑むだけで、声は出さない。声が出なくなったのかもしれない。

「ヒノトが、変わらずバカで助かったよ」

「はあ⁉︎」

「でも、まあ…私の意見に賛同したあたりは、バカじゃないって認めてあげよう」

「何だよ、そりゃあ?」

「ミサイルは上の階の方が危険って言ってたじゃん。私と同意見。サヨコ先生の方が間違ってた!」

「…つうか、サヨコ先生、何で居なくなったんだよ」

「ね。どこ行ったんだろ」

「まさか、サヨコ先生は外部の人間ってやつなのか?」

「ナイナイ。サヨコ先生にそんな器用なこと、」

「下校するぞ」


ユーマさんが低く…でもはっきりと言った。

下校?

「ここに居ても、救助隊よりも早く外部の人間が来るはずだ…今ならまだ、奴らはここには近づけない。今のうちだ」

ユーマさんが立ち上がる。

その目は鋭い。何回も思うけど、本当にこの人って小学生なのかな。

…でも、下校って言葉を使うあたり、まだ子供っぽい。

下校か。

「一番近くの家は、ヒノトん?」

「別に俺達ん家じゃなくてもいいんじゃないか。適当な民家に助けを求めりゃ…ほら、不審者の時みてーに」

「ミサイル被弾の音で、この周辺の住民は地下などに避難しているかもしれない…それに、ここが狙われたのなら、既に殺害されている可能性も」

…ユーマさんが話すことはあんまりにも難しくて。複雑で。聞いてても頭をすり抜けていっちゃう。

不審者訓練って何の役にも立たないんだな。それともミサイル被弾ってのが、本当はこんなにイレギュラーだってことなのか。

サヨコ先生が居たら何か違ったのかな。

「…ミドリの言う通りかもしれない」

「私?」

「ヒノトの家なら…ここからもまあまあ離れているし、ヒノトたちの帰りを待っているのなら、避難している可能性も低い」

「まあ、母さんなら…」

「お母さん、すっごく優しいもんね」

「ヒノト…大人数で悪いが、一時的に匿ってくれないか」

「おう」

そう言ってヒノトは一旦携帯を取り出す…けど、すぐにその手を下ろした。

「…やっぱ、電波切れるんだな」

そりゃそうだ。被弾したんだから。電波が繋がってたら、ユーマさんがとっくに救助隊に電話してたはずだよ。バカだなあ。



「310だ…B小への着弾確認。思ったより頑丈な建物だ。倒壊はせず。これより、駆除完了か否かの確認へ向かう…一応、応援を要請する」

『了解…884、東区B小学校方面へ向かえ』


───「…了解」

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