第6話
寝袋を開く。
花火のような音はようやく止んだ。
ショウくんが喋り、その話をユーマさんが止めてから…教室は静まり返った。私たちの間には何の会話もなくなった。
だから、寝るしかなくなった。
サヨコ先生は戻ってこない。
「…ヒノト」
「……何だ」
声をかけてみたけれど…続ける言葉は何も浮かばなかった。
「…何でもないや」
「そーかよ」
教室は冷える…暖房をつけるほどではないけど、少し寒い。
適当な場所に寝袋を広げ、中に入る…パジャマじゃないのに寝るってのが、私は苦手だ。ちゃんと眠れるかな。
…みんな無言で寝袋に入る。ユーマさんは、変わらず壁際に背を当てて座っているだけだけれど。座ったまま眠れるのかな。だったら大人だなあ。本当に小学生らしくないの。
「…灯りは」
「後で俺が消す」
イズミちゃんの呟きにユーマさんが答えた。
それだけだ。それ以上の会話は、やっぱりない。
…これじゃただの避難所だ。今に死ぬかもしれないって感覚を嫌でも思い出しちゃう。嫌だなあ。
「ヒノト」
「何だ」
寝袋に横になるヒノトへもう一回声をかけてみるけど…やっぱり何も浮かばない。
「何でもない」
「あっそ」
「ヒノト…」
「うるせえ、何だよ」
「ヒノト!」
「うっせえっての、何だ!」
「面白くない‼︎」
私は寝袋のついでに、ヒトサマの席から借りてきた枕代わりの座布団をヒノトの顔に叩きつけた。
もちろん怒ってヒノトは起き上がる。
「てめー、こら…何すんだ⁉︎」
「何でこんな静かなの。お泊まりだったら、もっと恋バナとか枕投げとかするもんでしょ」
「お泊まりじゃねーっての。下校禁止の緊急事態なんだぞ。今に死ぬかも、」
「死ぬかもしれないなら、なおさら楽しい話しようとか思わないの。何でこんなお通夜みたいな空気なわけ。気持ち悪い!」
「ミドリ、静かにしろ」
…まただ。
またユーマさんが私を止めた。
すごくシリアスな声で。
私はもう耐えられない。
この意味のわかんない空気が。
ショウくんが言いかけた言葉が引っかかって、ユーマさんが急に変な雰囲気を纏ったことが薄気味悪くて。
たぶん…怖いんだ。
「…いーよ。話せよ、いい加減。ショウくんは何を知ってんの。ユーマさんは何を隠したいの。話せよ。私らは何を知らないの。何でアホヅラ晒して過ごしてんの。何が変なの。ぜんぶ教えてよ。気味悪いんだよ、君たちさ…」
言いたいことを全て吐き出す。
わかってる。今は私が、この教室の空気をさらに悪くしていることくらい。
でも、こんなんじゃ眠れない。私は夜の間、いつ飛来するかもわからないミサイルに怯えながら、胸に植え付けられた違和感を抱えて、不快なまま朝を迎えるんだ。そうしてきっと、これからずっと、そのことが引っかかったまま過ごすことになる。
…二度とアホヅラなんてできなくなるんだ。
そんなの嫌だな。
「…ミドリ」
ヒノトが私を見る。
変な顔。
私がこんなに真面目なことを言う奴だとは思いもしなかったって顔だね。
…私がため息をつくと。
同時に、ユーマさんも深く息をついた。
「ミドリ」
「何?」
「…ミドリだけじゃない。ヒノト、カナエ、イズミ…お前たちも、少し覚悟をしてくれないか」
「え?」
「…俺とショウが知っていること、知っている限りのことを、話してやる」
「何言ってんだ、ユーマ」
「ヒノト、うっさい」
…ユーマさんの口調が明らかに変わる。
そしてショウくんが寝袋から身体を起こす。
これでいい。
「みんなが嫌な気持ちになったら、私が責任を取るよ」
「ミドリさん?」
これでいいんだ。
「話してよ。ユーマさん」
…私が強く願えば、ユーマさんは目を閉じ、低く、話し出した。
「…ショウは、北小学校方面の家の子だ」
「ミサイルが降った方の、」
「方じゃなくて、被弾したんだよ。僕の家」
「え⁉︎」
…カナエちゃんが驚いて高い声を上げる。
私はむしろ納得していた。なるほどね。だからそんな達観した、落胆したような顔をしているわけだ。それも上から目線で…実際にミサイルが降った家の子からしたら、ミサイル注意報を間に受けずに過ごしている私たちは、確かに、アホか。
「その時に、僕は見たんだよ…頭がのっぺりした奴を」
「それって、ミドリさんが見た、旧人類の幽霊、」
「ちがう…あれが本物の人間なんだよ」
───本物の人間?
私たちはお互いの顔を見合わす。
私たちは人間のはずだ。
私たちは本物の人間。間違いなく人間。
…どういうこと。
「本物の人間は、頭の横に耳があるんだ」
私たちの耳は。
頭の上にあった。
例えるなら、うさぎさんのような耳。
それが普通だ。他の人だって、この街の人たちみんな、私の親も、頭の上に耳がある。それが当たり前だ。そのはずなのに。
「え…私ら、偽物?」
…ユーマさんが呆れたような顔をする。
私らが話を飲み込めていない変な顔をしているから。カナエちゃんやイズミちゃんなんて、今にも取り乱しそうに青ざめている。
「私たちって…何なんですか」
ふるえる声でカナエちゃんが呟く…これ以上はやめてほしい、そんな感情がこもっている。
でも、ユーマさんはその先を答えた。
「俺たちは『JJIIウイルス』の感染者だ」
「ウイルス…⁉︎」
ヒノトが呻く。
私も内心は話についていけていない。あまりにも突拍子もなくて、ぶっ飛んでて、でも不思議と飲み込める…そんなお話を、ユーマさんは続けた。
「JJIIウイルス…通称アポミムシ。環境汚染で太陽の光が強まり、その紫外線に当てられ…ある虫がウイルスを発生させた。そのウイルスに感染したところで、発熱や咳やくしゃみなどの、軽い風邪程度の症状が出るのことも滅多にないが…最大の問題は、感染すればほぼ必ず、奇形に変化することだ」
「奇形…」
「それが俺たちの、この姿だ」
…奇形。
私たちの耳は頭にある。私の親だって同じだ。むしろ、あの幽霊のように頭がのっぺりしている方が奇形なんじゃないのか。あんな気持ちの悪い頭をして。
なのに、私たちが奇形だって。
「JJIIウイルスの感染初期は、通常の人間の耳に加え、新たに頭部から、獣のような耳が生えていたらしい…聴覚が数倍になり、JJIIウイルスによる耳を切除した感染者も居たらしいが…」
「待ってくれ、ユーマ…は、話について行けない。お前、何を言ってんだよ。何だその、Jとか、虫とか、ウイルスとかって…⁉︎」
バカなヒノトは完全にパニクってる…まあバカなヒノトだけではなくて、カナエちゃんもイズミちゃんも目を見開いたまま固まって。
私だって、急にこんな話をされてもついて行けていないけれど。
でも、なんかすごく重要なことなんだって思うし…お話をするユーマさんや、私らを呆れた目で見ているショウくんは、すごく自然で、信頼できる顔をしているから。
黙って聞いていた。
「ウイルスが発生したのは数十年ほど前のことだ。もっとも感染が爆発したのが、今俺たちが住んでいるこの街だった…だから、この街は、この国から隔離、除外された」
「もう、やめてください…」
「外部の人間たちは、元の姿の人間が作ってきた歴史を守るために、ヒトからヒトへの感染だけでも止めるために、奇形に変化した人間を排除するために…感染者数の多いこの街へ小型ミサイルを投下し、俺たちを、アポミムシを全滅させる作戦を行なっている…それがミサイル注意報だ」
「もういいです…私たちは…!」
「この街の外にも感染者は当然居るらしいが、やはり…感染を恐れた連中が病院という名の隔離施設に収容し、悪ければ殺害されているらしい。JJIIウイルスは一度感染したならば、その血族は今後永遠に奇形を産み続ける…だから俺たちも、」
「だったら!」
…悲鳴のような声を上げたイズミちゃんだったけれど、その先は静かな細い声で、絶望したように呟いた。
「…私たち、化け物じゃ、ないですか」
「そうだよ」
ショウくんが冷めた口調で言う。
「僕たちは化け物だ。人類の歴史を脅かす化け物…外部からは、僕たちはもう人間とすら呼ばれず、一匹二匹って、虫扱いされているんだよ」
「…そう、なんですね」
「イズミさん…」
カナエちゃんが問いかけると、イズミちゃんはからからと力なく笑い…顔を手で覆って、低く言う。
「だったら…私たち…早く、居なくならなきゃいけないじゃない…」
「無理に受け入れる必要はない。ミサイルが降ること以外、この街は至って普通の街で、ここに住んでいる俺たちは普通の人間と何ら変わりない。むしろ忘れてくれて構わない」
「どうやって忘れろって言うんですか…」
イズミちゃんの言葉に、カナエちゃんもヒノトも黙り込む…ただ呆れたように目を逸らすショウくんと、ため息をつくユーマさんだけが至って冷静で。
「このことは口外禁止だ」
…私?
「俺も…親から聞いた話だ。本来ならお前たちに伝えることも禁じられていた」
私は?
「…どうか、冷静になってくれ」
ユーマさんが小さく頭を下げた。
「まあ、恨むなら僕を恨んでよ…こんな話にさせたのは、そもそも僕が原因っぽいし」
そう言いながらショウくんは寝袋に入る。
…いや。
いやいや。
何で。
「…ミドリ」
「うん…大丈夫」
「恨むなら、私を恨んでよ」
動揺していないと言えば嘘になるけれど、私はきっと、今この場で取り乱す資格はない。
真実を要求したのは私なんだ。
だから、納得したふりをして、言いたいことを飲み込むしかないんだ。
…私たちは人間じゃない。意味のわからないウイルスに感染した、化け物の子供で。この街は、化け物の巣で。
「寝よっか」
なにもかも、偽物だ。
二度とアホヅラなんてできない。
『310に退避指示。間も無く30分後に、東区B小学校方面へ───』
「…了解」
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