第5話
初めて喋ってくれたショウくんの言葉は「馬鹿」だって…それも私を見て。だからちょっと苛立って彼に答えた。
「君、喋れたんだ」
「先生が決めつけていただけだ…僕は喋れるよ。フツーに」
「だったら答えてもらおっか…誰が馬鹿?」
「お前らだよ」
ショウくんは割とフツーに喋る。ずっと黙っていたくせに、流暢に。声変わりのしていないそれがまあ生意気に。
しかし、お前らって…その言葉にヒノトが誘発されて怒る。
「何で俺たちまで巻き込まれるんだ。一体何を聞いて、俺たちを馬鹿って呼んでんだよ、お前は?」
「さっきまでのお前らのアホヅラが、その言動が…ぜんぶ馬鹿だって思ったからだよ」
「まず口の聞き方を弁えねーか、後輩が!」
ヒノトが立ち上がるのをカナエちゃんが止める。
おやおや、何だなんだ…急に殺伐としだしたぞ。たった数秒前までみんな和気藹々としていたのに。むしろずっと無言だったショウくんが喋り出したのなら、驚いて、もっとお話ししようよと呼び込む流れのはずなのに。
…私ら、馬鹿呼ばわりされちゃって。
「け、喧嘩はやめましょうよ…ショウさんも、どうして突然、私たちをそんな風に呼ぶんですか」
生真面目なイズミちゃんが割って入る。
ショウくんは、フン、と呆れたように笑う…やっぱり私らを馬鹿にして。何なんだ、この子。
「…お前らは、この状況を何にも理解していない」
「理解してるぜ。今はミサイル注意報が入って、今に死ぬかもしれない極限状態。だがそんなこと気にしていたら、生きる気力も湧かねーだろ。忘れてるふりをしているだけなんだよ!」
ショウくんがため息をつく。
片目の眼帯。片目の暗い眼差し。
不気味だ。
「…ミサイルどうこうじゃないんだよ。だったらお前らは、何でミサイルが降ってくるかは知っているか」
「…それは、まだこの国が戦争中だから…ではないの?」
カナエちゃんが尋ねる。
そう。どれだけ私らが…ショウくんの言うように、アホヅラ晒して過ごしていたとしても、この国は戦争中で、時折敵国からミサイルが飛来する。注意報が入った時だけじゃない。予報が出ていない時にも、新たな攻撃をされる可能性はじゅうぶんにある。私らはいつでも死ぬ覚悟をしていなければならない。
…でも、ショウくんは。
そんな話じゃないとばかりに首を横に振る。
「…戦争なんか、とても小さな話だよ」
ショウくんは背が低い四年生の男の子だ。
なのにどうしてか、達観したような、或いはこの世に落胆したような、何もかもを諦めたような表情を浮かべる。
転校生のショウくん。片目の眼帯。
…ヒノトが言っていたことを思い出す。北小学校方面のミサイル被弾。
「戦争をしているのはこの国じゃない。この街だけなんだ」
「…何言ってんだ」
「僕たちが住んでいるこの街は、外部とは違う…そして僕たちも、外部の奴らとは違う。僕たちは───」
「黙れ、ショウ」
ショウくんの言葉を遮ったのはユーマさんの低い声…ユーマさんは壁際で腕を組んで座り、鋭い目でショウくんを見ていた。
…なんか怖い。
一瞬で空気がぴりりと凍りつく。
何だろう。何が起こってるんだろう。変だぞ。ショウくんも。ユーマさんも。変だ。
「…ショウくん。私ら、何か間違ってんの」
「ミドリ」
「君は何を知ってんの。戦争がこの街だけってどーいうこと。最後なんて言った。私らが何と違うって言ったの…ユーマさんも、何か知ってんの。わかんない。教え───」
「ミドリ」
…立ち上がったまま呆然とするヒノト。
それを押さえているカナエちゃん。
口走る私を不安げに見ているイズミちゃん。
伏せた目のショウくん。
私をじっと見据えるユーマさん。
その鋭い目と低い声が私を制止した。
「よせ、ミドリ」
だからさ。
サヨコ先生が全然戻って来ないんだよ。
さっきから花火のような音がうるさいし。
×
…嫌な予感がして下の階へ降りれば、また影と出くわした。
いや、影とはもう呼べない。彼らは人間だ。
この街の外の人間。
私たちを殺しに来た、外部の人間。
戦争の相手。
私たちの敵。
…そう思っているのは、彼らだけかもしれない。
私たちは、彼らに危害を加えたことはただの一度もない。今でさえも、ミサイルの被弾を受けてなお、こちらは何の仕返しもしたことはない。
…いや、ああ、したか。私はさっき、この人の仲間を殺してしまった。
でも、それは正当防衛じゃないのかしら。私には守るべき子供達が居て、あの子達を死なせるわけにはいかない…教師としての義務や責任がある。
だから、私は拳銃の引き金を引く。
何度も銃弾を放つ。
相手はそれを素早く躱し、ナイフを構えてこちらにどんどん近づいて来る。
構わず引き金を引く。弾を補充し、再度連続で引き金を引く。
相手がこんな武器を持っていないことは知っている。環境汚染の武器。街の中だけの防衛手段。毒の中だからこそ、構わず扱える凶器。距離を保てば、こちらに相手の攻撃は届かないことはわかる。
狙って、引き金を引き、弾を放つ。
そうして訴える。
「お願いです。引き退ってください…ここには悪い子は居ません。この街は、外部に害を及ぼすことはありませんから。どうか」
相手は銃弾に構わずこちらに向かってくる。
その身体を狙って引き金を引く。
「貴方を殺したくはありません…お願いですから、ここを見逃してください」
躱される。
引き金を引く。
弾切れだ。
予備の弾も無くなった。
…ナイフがあるはずだ。
懐に手を入れ…───
飛んできたナイフが、私の胸に刺さった。
痛…。
熱…。
投げるなんて反則でしょう…。
ナイフ。とにかく、私もナイフを。まだ動ける。まだ動けるから、武器を。
…暗む視界。目の前に、その人が居る。
この人、女だったのね。
「…こどもたちを、殺さないで」
全身を黒いローブで包み、頭がのっぺりとした幽霊。
ミドリさんは、みんなは、外部の人間のことを何も知らない。ユーマくんやショウくん以外は、何も知らない。
何も知らないのに、何もわからないのに、あの子達が殺されるなんて、あまりにも可哀想でしょう。
「お願いだから…見逃して。殺さないで」
みんなを守らなきゃ。
死なせてはいけない。
死にたくない。
私だって、死にたくない。
死ぬわけには。
「死にたく、」
胸に刺さったナイフを引き抜かれれば、まるで脈打つように血が溢れ出た。
視界が暗む。赤く。
痛いとか。
息ができないとか。
それ以上は、もう、なにも……───
ねえ。
私たちが何をしたっていうの。
「こちら310…銃を所持していた一匹を仕留めた。これより上階へ向かい、残りを一掃する」
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