1章 21.2度目の幕開け

 *


 俺は倒せたのだろうか……あの騎士を。精神『世界』であるここで殺してもあいつの現実の体はあるはず。いくらどこにでも移動できるチート能力があったとしてもあの体には必ず戻っていく。


「やったぁ~!!倒せたよ!あの騎士!」


「…うん!レイルちゃん大活躍だった…!!」


 抱き合いながら喜び合っているレイルとエンザエム。あのゴリラみたいな顔しながら蹴りを入れていたのは少し笑える。いや、すげえ笑える顔。今でも笑えそう。


「聞こえてるってばっ!!」


「うわぁぁあああああ!!!!!!」


 ニヒルにした蹴りを俺に。俺はしっかり吹き飛ばされた。ギリギリ受け身を取った俺はすぐに腹がへこんでいないかの確認と内臓が無くなっていないかの確認を取る。まあ精神の中だったおかげで痛みだけで済んだ。現実に戻ったとき心配だが。

 心配そうにしているエンザエムを心の中で拝んだ後、話を切り出す。


「ニヒルの件は後にして……呪いをどうするか、だよな」


 無策で現実に戻ったらアンカもガルも俺もお陀仏(だぶつ)だ。その可能性を少しでも減らすために精霊や賢者の意見を聞いたほうが良い。

 一瞬静寂になりみんな考え込む。するとレイルが「思いつきました!」とドヤ顔で話し始めた。


「にゃん!私は猫!猫は可愛い!解決!」


「何も解決してねぇ!もっと考えろ!」


 レイルは手をぺろぺろ舐めて、てへ!と舌を出す。可愛いが時間が無い。いろいろ終わった後に見よう。そう思った。


「…ロクさん。…精神内では操れない呪いじゃないですか。ロクさんの精神内にいれば現実の私は動かない…。どうでしょうか……」


「確かにいい方法だと思う。けど大丈夫なのか?レイルは精霊だからこの精神内にいられる。それに異空間に俺が飛ばしているのもあって不意打ちの心配もない。エンザエムは別だ。人間だし現実の体が動かないからこそ殺されたりする可能性があるだろ?」


「―――確かに……」


 なかなか良い案が出ず頭を抱えていた時に「じゃあ~」とレイルが話し出した。


「現実の体の時を止めて、死なない傷つかない体にすればいいと思うっ!」


 またもやドヤ顔で言うレイルだったがすごく良い案だ。時の精霊だからこそ思いつき時の精霊だからこそ出来ること。俺は頷き、その方法でいこうとまとまった。念のためこの方法によって起こる良い可能性や悪い可能性を確認し、精神『世界』から出た。

 俺は目を擦り、周りを確認する。普通であればニヒルが目の前に立っていて今から戦闘、という状況のはずだったが姿がない。


「逃げた……か死んだか。今はどうでもいい……エンザエム救済劇を始めないとな」


 一旦アンカやガルと合流して賢者の楽園へと向かった。


「ロクさん!あの騎士は……」


「俺に恐れて逃げた……って言いたいけど、逃げたのは事実!」


「……リーダーってやっぱスゲーな!」


「………ありがとう……」


 照れながらも足を止めずにアンカの炎魔法以外見えない暗闇の洞窟を走った。

 俺は右側の壁を触り続けていると、壁ではなく空間があることを確認。先に進んでいるアンカとガルを呼び止めてここに連れてきた。


「隠し部屋、ここが賢者の楽園への道ってわけよ」


「……ロクさんって物知りなんですね……」


「そ、そうなんだよ~……」


 感服しているアンカに申し訳ないと思いつつ俺は一瞬周りの声を消す。落ち着いて何があっても対応できるように。

 賢者の後継者とは思えない奴の2人のうちの1人、ナーハ・エンザエム。魔動物へと変化できる能力だと思うが他にもある可能性を考えておこう。


「―――よし!じゃ、行くぜ!」


「はい!」「おう!」


 2人の返事と同時に俺は楽園へと足を踏み入れた―――とその時、目の前に燃えあがる瞳が俺の瞳に映った。暗闇で姿は見えないが瞳だけははっきりと見える。


「……ロクさん」


「分かってる」


 声を震わせながら言うアンカ。俺もかなり声が震えていたと思う。暗闇に見える赤い瞳。お化け屋敷じゃ絶叫するレベル。俺は歯を噛みながらも俺は一歩踏み出す。いつまでも弱いままじゃいけない、この気持ちが俺の足を動かしていく。


「―――」


 コツコツと足音が響く中、俺たちは燃える瞳に向かってゆっくりと近づいていく。


「―――」


 何か怖いと不安だと思う時、動かす力は気持ちにある。という誰かの名言の言葉通りに気持ちだけで体を動かす。


「―――」


 ちょっとずつ炎の瞳が近づいていく。今すぐ鞘から剣を抜き、斬りかかりたい。魔法陣を描いて一発撃ちこみたい。でもだめだ。何かもわからないまま俺は攻撃を仕掛けるべきじゃない。


「―――っ!」


 少しずつ輪郭が見えていった。前にも見たことのある姿。大きい翼や体。二足歩行のあのコウモリに似たモンスター……いや、この『世界』では魔動物。


「―――」


「マジか、もうここで再会とは思わなかったけど」


 もう一歩進むと魔動物が俺を睨んだ。途端、周りに魔法陣が描かれる。賢者の後継者―――ナーハ・エンザエムが魔法陣を描き、同時に翼を大きく動かす。


「賢者……いや、ナーハ。もう戦闘とは聞いてなかったけどなっ!アンカ、ガル!」


「グラッチ!」「任せとけ!」


 ニヒルとの戦闘のすぐ後にナーハとの戦闘が幕を開けた。

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