1章 20.『正義感』

 *


 時の精霊に突き飛ばされ亀裂の中に落ちてしまった。落ちていく前、最後に見たのはあの男。


「……どうしてどうして!『世界』に嫌われているのでは!?なのになぜあいつは加護を持っているんだ!あいつが……」


 加護というのは神からの恵みである星によってもらう。もしくは『世界』の寵愛を受けた者のみ。剣聖とは、騎士とは最強である必要がある。


 *


 中心国ダーリアの中心地にある城。ダーリア城だ。今、この城には3人の騎士が剣聖となる式典と儀式が行われている。私と短髪の黒髪。赤い鳥の描かれた騎士服を着た友のカイヤ。オレンジ色の結い上げられた髪で白く透き通る綺麗な肌。そして赤い鳥が描かれたローブのある白い騎士服の女騎士、クイの3人だ。


「これから剣聖となる3人の騎士の式典、儀式を行う」


 玉座に座るキール王の隣にいる紳士服の男が魔道具越しに発する。この魔道具は声を何倍にも大きくする珍しい魔道具だ。初めて耳にした魔道具越しの声は勇ましい。


「騎士カイヤ。王の玉座の前へ」


「はい」


 同じく勇ましい声で返事をし、前へ歩く。彼の足音は沈黙の空間に響き渡った。


「騎士、カイヤ」


「はい」


 王の言葉に返事をして跪(ひざまず)く。


「天の地の神の不死鳥の恩恵を受けるこのダーリア。この中心国の剣聖として彼の者にこの剣を授ける」


 玉座から立ち上がり紳士服の男から受け取った剣を差し出す。燃え上がるような赤い鳥―――不死鳥が描かれている鞘に収められた剣を受け取り、頭を下げた。


「ありがたく思います。この命を懸け、剣聖として努めてまいります」


 もう一度頭を下げ、彼は振り向きこの場へと戻った。同じように私とクイの儀式や式典も終え、静寂が砕けて食事会が始まった。色とりどりの料理にシェフの姿も見える。楽しい楽しい食事会。だが、私はこの食事会には参加しなかった。剣聖となった私が緊張をほぐしてはならない。その気持ちが私を動かしたのだ。


「騒がしい日々を過ごしたい気持ちもあったが私の正義感が世の役に立つなら……」


 静寂な空気が戻り1人歩く。上に見える月が私を照らす。正義感だけで動いている私を。


「父上……これは間違いなのでしょうか……」


 独り言が続く。


「私の正義感で世の役に立つ。実際、戦争を私で止めた。救いたいという正義感だけで動くのは間違うのだろうか……」


 足音が響き渡る。月が雲に隠れ、照らされていた道が消えていった。私の通っている道は間違いなのだろうか。私は合っていると信じている、と自問自答しながら歩いた。独り言が続く。


「父上のように『世界』に愛される存在に私はなれるのでしょうか。もっと、強くなって『世界』をあらゆる国や村を町を守れるのでしょうか……」


 脳裏に浮かぶ勇敢な父上の後ろ姿。太陽で照らされている父上は私の憧れの存在だった。初代剣聖の父上を目指して騎士となった、剣聖となった。なのに―――


「―――私は勇敢でも、勇ましくもない。弱い剣聖だ」


 この心に開いた穴を、どう塞げばいいのだろうか。脆(もろ)い心に問いかける。だが何も返答が来ない。来るわけがない。


「―――強くならなければいけない。騎士として、剣聖として……」


 ―――初代剣聖の息子として。


 この思いで私は5年間剣を振り続けた。遠距離でも対応できるよう魔法も習い、自分に立ち向かった。そして私は『最強』へと呼ばれるほど強い剣聖となったのだ。


「ニヒル様……!助けてください……!」


 家の影の隅に震えている小柄な少女は私に助けを求めている。すぐさま私は声をかけ「どうされましたか?」と問いかける。彼女は村が襲われ焼け野原となる中なんとか逃げてきたらしい。震えた手を握って治癒魔法をかけた。


「これで大丈夫です。安心してください」


「治癒魔法……ですか…?」


「いいえ、おまじないですよ」


「おまじない………」


 治癒魔法をかけた手を撫でて目を瞑る。彼女の目から涙が流れていた。どれだけ不安でどれだけ辛かったのか私には分からない。けれど、弱い自分を責めているのは分かった。


「あまり自分を責めないでくださいね」


「―――はいっ!」


 微笑んだ顔を見た私はすぐさま襲われた村へと向かう。その村はダーリアからかなり離れた場所だったが、飛行魔法ですぐ移動し2時間程で着いた。


「これは……ひどい」


 薄汚れた炎が村中に広がっている。地面は血で汚れていたまさに地獄。ひどい光景を見て私は鞘から剣を抜き、元凶となっている者を探そうと飛ぼうとした時。


「何者」


「―――!?」


 背後から声が聞こえた。空中にいた私の背後には何も誰もいなかったはずなのにいたのだ。


「妾が名乗るのが良いか?」


 とっさに振り向き剣を構える。が誰もいない。声は女性だとすぐに分かるが姿が見えない。


「私は剣聖で『最強』騎士。ニヒル・グラディウス!」


「違うな」


「―――」


 私の名前を否定して彼女は言った。私の名前は。


「ニヒル・グラディウス・『エンザエム』?」


「そうじゃ。『妾に間違いはない』」


 途端、空気が変化する。そう、間違いはないのだ。私の名前は『ニヒル・グラディウス・エンザエム』…なんだ…。若干の違和感が脳に残りながらも続けた。


「君は何をした!」


「妾のために。『最強』の座にいる妾のために。『間違っていない』じゃろ?」


 再度空気が変化する。間違っていない……最強の座のために……。いや、おかしい。いくら最強の座であったとしても、自分のためでも村を燃やす意味がない。

 確信した私は剣を再び強く握りしめ構える。


「不愉快じゃ。妾を否定するなどあってはならない。その正義感が煩わしい」


「私の正義感は決して変わらない!この『世界』を守るために、国も村も人々も守るために!」


 いくら言われようと捻じ曲げない。誰も犠牲を出さず、誰もが幸せになるためには私が剣を振るう必要がある。姿のない彼女は欲にまみれた奴だ。自分のために欲を満たすために動くような人は裁かれなければならない。


「私は人々のために剣を振るう!!」


 空間さえも斬る剣。これで彼女の声の根源さえ斬ってしまえばいい。


「正義感が剣聖には必要なんだ!」


「―――ほう。妾はその正義感、欲だと思うが?」


「――君は何を……」


「妾は『間違っていない』。正義感は欲。自己欲求だ」


 意識がなぜか遠くなっていく。彼女は間違っていない…………間違ってない。なぜ私は分かる?間違っていないことを…。意識が遠くなる中、微かに声が響いた。


「―――あなたを『最強』の座の1つに入れましょう―――」


「―――ぁ」


 肩の力が抜け、飛行魔法が切れる。綺麗で透き通る声音は安心できて。


「―――あなたは賢者の後継者です。そして私は『世界』。あなたは愛されています―――」


 この声を聞いた途端、意識が途切れた。


 *


 私はいつの間にか使命が伝えられていた。賢者や勇者、魔王の復活をさせよと。


「『世界』は何をお考えで……それより、空間を斬って一旦逃げるとしよう」


 私は落ちていく体をひねり、穴の開いた剣を使って空間を斬り裂いた。

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