1章 11.『特別な詠唱』
「ロー君、ちょっとの時間だけだけどあの男の時間を止める。その間に洞窟から出て!」
俺に向かってそう叫ぶ。
そんなこと言われても、微精霊が、精霊が、赤い手が、俺たちを襲って来るんじゃないのか。恐怖で動かない体が急に動くなんて――
「守りたいんでしょ!?あの男の『守る』はおかしい!本当の守るっていうのは、大切な人を、仲間を悪人や魔人から助ける、傷つけないようにすることだよ、けど!」
一旦呼吸を整え、間を置く。そして彼女は、時の精霊は言った。
「すぐに……そんなあっさりと、他人を『死』なせるの!?」
さっきの叫びとは違い、心の底からの、願いを込めた静かな叫びだった。
俺は分かっていた、けれど、恐怖とこれは違う。別だ。あいつの異常さは分かっている。別に賛成したり、肯定したりするつもりは一切なかった。けど、『世界』には、あんな恐ろしい手、微精霊、精霊の怖さは別だ。肯定しないと、同意しないと『殺される』。怖い、『死』にたくない。死ぬ恐怖なんて耐えられるわけがない。怖い、恐怖以外得られるものなんてない。
『死』なせたくない。関係のない他人を。でも、それよりも嫌なのは自分の『死』だ。
「だから!守るって、そう決意したんじゃないの!?仲間を大切にして、絶対に守り抜くって!」
分かってる、したさ。でも、それは俺が『死』ぬ前の話だ。俺は弱かった。想像以上に。異世界だから調子に乗ってリーダー。ふざけてんのかよ、俺。魔法が使えてなんだ、俺より上がいるって分かってたじゃないか、覚悟してたことだ。強いって自分に言い聞かせて―――
「何もやってないのに!?何も行動にしてもいないのに自分は弱い、怖い、嫌だ。その思考が、考え方が、思いが一番弱さを語ってる!一番弱い証拠!」
じゃあ、俺の言っていることは正しいじゃないか。弱い、何もできなくて弱い。
「だから逃げて!逃げて、戻って、強くなればいい!でまたあの賢者を助けに行けばいい!」
俺は、俺たちは強くなるために賢者の楽園を目指した。なのに、リタイアして、賢者の楽園を諦め、強くなれ?無理だ。どこに強くなれる場所がある。ここにしかないから、頼れないから来たのに。
「―――ロー君、ポジティブ大事って言った」
―――。俺は……俺は……。
「ポジティブ大事って言ってる本人がネガティブなんておかしいよ。ポジティブって怖くて震えて何もできないと思い込んで……これがポジティブじゃないでしょ……」
震えた声でも、語り続ける。俺に勇気を、元気を与えるために。
「怖いのもわかってる。けど―――私がいるでしょ!えっへん!」
腰に手を当て、ドヤ顔で言っている姿が想像できる。いや、見えた。これがどれだけ嬉しかったか、支えになるか、分からないだろうけど。
「分かります!えっへん!」
くっそ……聞いてやがった。
心は落ち着き、震えや不安、恐怖は次第に消えていった。ニヒルは自分の考えを、思っていることを語るだけではなく、行動にまで移す。これを彼は正義感と呼んでいるのだ。
「ロー君!これは逃げる、じゃないよ!戦うための作戦会議をするために一旦戻る!だから、大丈夫です。私以外にも、味方はいるから!」
元気な声が頭の中でキンキン響く。ありがた迷惑も良いものだ、と心の中で笑った後、レイルに現時点で不安なところを問いかけた。
「あいつを止めても本当にあの手や精霊が心配なんだ。敵の数が異常だと壁を造っても無駄だし」
「その点もお任せあれっ!私は時の精霊だけど、魔法も使えるよ~?」
からかうように言ってくる表情も見えて、もし再会したら一発ぶん殴ろうという選択肢を増やした。と空気が和むのは良いが、もうそろそろ彼が、ニヒルの話が終わりそうだと感じる。それをレイルに伝えると、「あと1つだけ」と別の話を切り出した。
「――ロー君」
どうした?
「約束~覚えてるよねぇ~?」
からかうな!覚えてるよ!記憶喪失頻繁にするやつじゃないんで!
「いつも通りのロー君に戻ってよかった!ロー君が賢者を救ってあげたら、約束果たしに行くからね!もしもロー君に会ったときは……あぁぁー我慢我慢……ふっ、フフフフッ」
よだれを垂らしながら笑うレイルに俺はすごく引いた。気持ち悪すぎる。でも、これがまたいいのかもしれない。パーティーにいれたらどれだけ楽しいのだろう。と妄想が膨らんでいく。
「ロー君!ポジティブ~?」
大事、だな!やってみるとするか!ありがとうな、レイル。
「はい!大丈夫大丈夫!お母さんは……」
勝手に俺の母さんになるなよ……。
「すみませ~ん!以後気をつけまーす!」
全く反省する気のないレイルに呆れる。呆れの感情もできる時間は少なくなっていき――
「準備できたから!10秒のカウントがゼロになったらアンカとガル連れて逃げてよ?最悪真上ぶっ壊したら出れるから!」
脳筋な考えだな!とツッコミを入れつつ、もう一度深呼吸をする。
守りたい、守りたいと言っても言うだけじゃ意味ない。行動が大事、そして。
―――ポジティブ大事―――
俺の緊張を不安を無くす『特別な魔法の詠唱』だ。
「行くよ!」
「了解!」
レイルの声と同時に、彼の、赤い手の動きが止まった。アンカやガルは目を見開きこちらを向く。
「説明する暇ないんだ!とりあえずこの洞窟から出るぞ!」
アンカとガルにそう叫んで、この奈落の闇がある場所を出るために、逃げ―――否作戦会議のために拠点に戻るために、俺たちは走った。
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