1章 10.心には『ニヒル』
「逃げろ!」
ニヒルの叫びとともに、ガルやニヒルが逃げて行く。俺は彼女を助けようとしたがアンカが必死に俺の手を引いた。
「ロクさん!気持ちは私も一緒です!でも……今は……今は命が大事です!」
「―――。分かった、今は逃げたほうがいいな」
一瞬悩んだが、アンカたちを傷つけるわけにもいかない。エンザエムを置いていくのは心苦しいし胸が痛いが選択せざる得ない。俺の中の優先順位は仲間のだから。
「グラッチ!」
アンカの詠唱とともに空中に岩が造り出される。その岩は壁や地面に向かって放たれ、衝撃で壁が崩れだす。
「くっそ!なんだよ!心外心外心外!!」
壁が完全に崩れ、彼女の叫び声は聞こえなくなった。俺たちは腰を下ろし、深呼吸して気持ちを落ち着かせる。全員が動揺や不安が隠しきれない中、ニヒルがいつもの表情へと戻り、話を切り出した。
「みんな、無事でよかった。あれはあの女の人が言っていたように、賢者だ」
「あの金髪の人が賢者のような気がしましたけど……」
「金髪の女の人の名はナーハ・エンザエム。私と同じく賢者の後継者だ」
「「―――!?」」
アンカやガルは目を見開き言われた事実に驚いた。
「同じ後継者……でも、賢者を命令をしていました。とても賢者の後継者とは思いません」
俺やガル、ニヒルも小さくうなずく。
死ぬ前の時のナーハは性格は同じにしてもさすがにここまでひどくはなかった。あんなに『死んで』償え、『死ね』『死』という単語は使ってこなかったはず。
「ロク」
「…どうした……まさか……また俺のプライバシーの侵害!?」
胸に手を当て俺は後ろに下がった。しかしニヒルは首を傾げながら、
「すまない、そのぷらいばしーってものがよく分からないが、一応謝っておこう」
と言われ俺はため息をつく。異『世界』にはない単語や言葉を使うと相手に理解してもらえないという悲しい現実。それにニヒルは意味が分からなくてもとりあえず謝る精神ってのも少しイラッとくる。
こう話題が離れていくときりがないと思い俺は「気を取り直して」と両手を叩く。
「賢者と賢者の後継者のナーハをどうするんだ?」
一番の問題点はここだ。賢者を助けることは俺の中で決定事項、でも賢者の後継者のナーハとなると助けようと思えない性格でありながら殺しにかかっている殺人未遂罪持ちのナーハだ。だとしたら中心国などに連れて行って―――
「2人とも『殺す』のがベストだろう」
「―――は?お前、何を言ってんだよ……」
眉を寄せ、そう問いかける。すると彼は平然のように答えた。
「2人を救い出す手はこの状況、1つ以外何もない。『死』というのも、一瞬で意識を斬れば痛みや苦しみもない。むしろ楽で幸せだ。2人とも幸せを願う。私たちだってそうだ」
「―――ぁ」
彼の発言を止めようとアンカとガル、俺も口を開くが息だけで声が喉で止められ出ていない。『最強の騎士』であり、『世界に愛されている』存在であるのが、たぶん目の前の光景を見て、初めて、改めて分かったのだ。彼の周りには多種多色の微精霊、精霊、無数の赤色の手が、空中に、地面に、彼の周りにある。まるで彼を否定するなと、彼は正しいと言うように訴えるように存在している。
―――話は続く。
「聞こえないだろうが、『世界』もそう言っている、そう望んでいる。私とロクなら、私と君たちなら簡単にできる。ロク、君は『世界』に嫌われすぎだ。ただ、私が止めておこう。『世界』に交渉し、君にも能力を授けたい、加護もだ。強くなりたいとも言っただろう?ならなおさら良いことだ。能力をうまく使いこなせれば戦いは有利に進む」
無数の赤い手が彼を抱き、精霊たちは肩、頭に寄っていく。
―――話は続く。
「能力をうまく使いこなせればというが、自主練習などでは伸びることはない。私が実戦練習の相手となろう。賢者やナーハはこの洞窟から出ることは許されていない。だから時間はたくさんある。魔法も剣も私が得意とする分野だ。魔法は炎、水、自然、岩、風、光、闇、雷、怪、意、霧、氷、癒、視、空。全ての属性を教え、使えるようにしよう。怪や意、霧、視、空はもう存在していない魔法だが、『世界』が教えてくれるだろう。理を破ることまではできないがな。剣の振り方、どう動くのかも私は騎士だ。教えることは容易い」
俺たちは無意識に震えだす。『魂』ですら恐怖を感じ、怯えている。彼の考え方はおかしい、ひどすぎる。正義感というものしかない、それ以外心に『何もない』。
呼吸もしずらく、体は動かない。なぜなら赤い手が地面から現れ、足を、手を、首を抑えているからだ。
―――話は続く。
「私はあのナーハとは違ってね、『世界』に愛されている存在、騎士。あんな呆れる存在とは無縁に等しい。ナーハと行動を共にとっていたのはあくまで『世界』のため。『世界』は歴史を動かすことを望んでいる。新たな存在の誕生を実現させ、『世界』の終焉を防ぐ。『世界』を守るために。私の正義は『世界のために』ということだ。『世界』が存在しなければ何もかもない。幸せ、幸福、満足、全ての欲求を満たし、得るには『世界』を守る必要性がある。『世界』を守るためには少なくとも犠牲は出てしまう。ただ、たった1人、たった1地域、たった1つの町、村、国を犠牲にしても、守ればいい。防げばいい。それで得られるものは犠牲より多い。多すぎると思うほど。欲求を満たす、幸せを願うもの同士、分かり合えるはずだ」
彼には闇が見える。赤い手は本当に『世界』なのか?本当にあいつは、騎士は、正義感で動いているのか?絶対に違う。ただ彼は欲求を満たしたい、『世界』と言っている者の力を借りてただただ欲求を満たしたいだけだ。
怒りが出てきても行動、言葉にできない。たとえ『世界』でなくても、強さのレベルは違うのだから。
―――話は続……
「―――ロー君!聞こえる!?」
突然、鈴の音と同時に声が聞こえた。どうやらアンカやガル、ニヒルには聞こえていないらしい。頭の中に直接語りかけているのだろう。
「ロー君、ちょっとの時間だけだけどあの男の時間を止める。その間に洞窟から出て!」
彼女は俺に向かってそう言った。
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