1章 9.『エンザエム』
「賢者の復活。いいね、いいね、いいよ、いいよ!私に指図した罪を『死んで』償うことだね!」
この瞬間、『歴史の欠片』が復活してしまったことを彼女が告げた。
「マジか……展開速すぎ……ね―――」
目の前に見えている『水』それは髪色の青や、瞳の水色でもない。彼女の涙だった。
「泣いてる……?」
「さあ、ロク!約束を果たしてくれ!」
ニヒルは鞘から剣を抜き、俺に言う。
俺にはできない、できるわけがない。泣いている少女を俺の手で――
「―――ぁ」
「―――?」
彼女が口を小さく開き息を漏らす。何かを言いたい、訴えている。そう思った俺はすかさず手を差し伸べようとした。瞬間、頭の中で声が響く。
――あなたは、『あの』辛さを知っていますか――
――あなたは、『あの』辛さを知っていますか――
何度も何度も響く。同じ言葉を繰り返すただの人形のように。
――あなたは、『あの』辛さを……知っていますか――
――あなたは、『あの』辛さを……知っていますか――
――あなたは、『あの』辛さを……知っていますか――
と5度目となった彼女の言葉を聞いた瞬間。脳裏に映像が浮かんだ。
*
「起きなさい!エンザエム!」
階段の下からお母様の声が聞こえる。私の家の周りは広い広い平野で家はそこまで大きくないため、お母様の声は他の音に邪魔されることなく聞こえた。この声が聞こえたということは。
私の手や足の震えを抑えながら唇を結び、一段一段階段を下りていく。これももう何度目だろう。
「遅いわよ!もうすぐ『出かける』から準備をして!」
「はい……お母様……」
この世界に『出かける』なんて言葉で嬉しがる人はいるのだろうか。私にとっての『出かける』というのは『絶望』へ導く言葉。
「行きますよ」
「……はい……」
お母様が扉を開けて魔法車の中へ乗り込む。私は中に入らず、少し座れる部分を見つけてそこに座っておく。移動中に逃げようとしたり、魔動物が現れて引きずり落とされても私のせいになる。私のせいになったらひどいことをされる。
ひどく汚れた服で私の目に浮かぶ『水』を拭う。髪も洗いたい、体も。でもお母様は許さないのだろう。
「……私って…何―――?」
―――これが私の幼少期に思っていた疑問だった。
15歳になって、魔法学院に行かせてもらえた。やっと少しの自由がもらえた、そんな気がした。いや、そんな気じゃない、本当にそうだった。
「―――君」
「……私…?」
「そう、君」
金色の月のような色の髪に青と白の服装。声をかける彼が指を指す方向は私。少し動揺しながらも口が開かない。幼少期の影響というのは今に響くとでも――
「何かあったのかい?」
下を向く私の顔を覗き込むように問いかける。彼には分からないと思うけれど、心配してくれて、助けようとしてくれて、何もなかった心が満たされていった。
「……何もない」
照れている表情を手で隠していると、彼は優しく微笑みながら話し出す。
「―――そっか。ま、初めましてだからね。自己紹介したほうが良いかな?」
そう優しく微笑む彼。その彼から優しく温かい風が吹いた気がした。
「僕の名前はブレイヴ。何かあったらいつでも話していいから」
心の器に『水』を注ぎこまれていく。これは『水』じゃない、『癒(ゆ)』だった。何もなかった私に『癒』を『友達』を『想う人』をくれた彼と出会った魔法学院の学院生活。私は自由に生きる人なんだと気づかせてくれた。
―――これが私の青年期。
22歳、魔法学院の卒業とともに職業の決定。私とブレイヴは一緒に冒険者になった。冒険者になって魔動物の討伐や、ダンジョンの探索などしたり、新しい仲間も増え、すごく楽しかった。
魔法石が持ち手に埋め込まれている杖を持つ、青い色の髪に水色の瞳、黒い帽子で黒い服装。これが私。冒険者になった私は剣士と魔術師に分けられるのだが、私は魔術師、ブレイヴは剣士と振り分けられた。他の仲間は、桃色の髪で清楚の女の子の回復術師、ミイと、ガツガツ系の赤髪の男の人の格闘家、エルクがいる。
「ミイちゃん!下がって!」
「……うん……!」
「フルフレイヤ!」
詠唱とともに魔法陣が展開され、炎のボールが馬に似た魔動物の翼に当たる。炎のボールが当たった翼は焼け焦げ、ボロボロと崩れていき黒い灰と化した。
「あともう片方!」
「―――僕にも出番が欲しい、ね!」
華麗なステップで魔動物に近づき、剣を振るう。翼の根元を斬り、翼は地面に落ちた。魔動物は翼を失った途端動きを停止。魔動物の体は次第に黒い灰となって消えていった。
「討伐完了。お疲れ様、みんな」
「もう少し俺の出番があっても良かっただろうが。ま、勝ったからいいとすっけどよ」
「エルクさんも……すごく頑張ってたじゃないですか…!」
「そ、そうかよ……ありがとよ」
パーティーリーダーであるブレイヴに見惚れていると、通信伝達魔法『ネット』で冒険者リーダーという最高ランクの人からの通信が届く。内容は私とブレイヴで、『ある者』を倒せ、ということだった。
すぐにブレイヴやみんなに伝え、急いで『ある者』のいるところへ向かった。
「俺は、イニティウム・テンプス。魔王だ」
最初は自分の耳を疑った。一度も聞いたことのない職業、種族であるのはブレイヴも一緒だったようで、鞘から剣を抜き出しながら言う。
「僕の名前はブレイヴ。君を倒す者であり、剣だ」
「私の名前はエンザエム。魔王を倒す者で、剣のサポートをする人!」
ブレイヴの自己紹介に続いて私も自己紹介をする。と同時に世界の重さが、空気の重さが変わった。3人以外誰もいないはずなのに、背後から足音が聞こえて―――
「妾(わらわ)はルノアール・ナファン」
「―――!」
突然現れた彼女の姿は見れていない。振り向く瞬間、世界は固まって動かなくなってしまったからだ。
―――これが私の成人期、少ししかなかった自由の時間
―――『あの』――『別れ』の辛さを知っていますか―――
*
「はぁ…はぁ……」
突然のことに体は驚き、息を荒くしながら目の前を向くと、さっきまで見ていた映像――否、記憶を持っていた彼女。青い髪で水色の瞳で黒い帽子はないが黒い服装の『魔術師』であり『賢者』。
「エンザエム……」
賢者エンザエムが涙を流している理由を俺は見たのだ、と確信した。
「呆れて、呆れて、呆れて、呆れて、もう飽きた!君たちはこの賢者の手によって死ぬ!行け!」
「―――っ」
エンザエムの一滴の涙が地面に落ちた瞬間、エンザエムは水色の魔法陣を展開し、こちらを向いた。
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