1章 8.自分勝手

「ロクさん!!ロクさん!!」


 私は何度も声をかけ、必死に起こそうとするが体の震えが止まらず、彼は意識を失っている。なぜ彼は急に倒れたのか。特に傷がついているわけではない、なら精神に何かがあったという可能性が高い。でも―――


「精神を治癒する魔法なんて……神話でしかないですよ―――」


「くっそ……リーダー、何があったんだよ。アンカ、神話の魔法は使えんのか?」


「無理です。神話の魔法というのは、禁断魔法の類(たぐい)になってしまいます」


 どうして『神話』の魔法は禁断魔法となってしまうのか。禁断魔法でなかったら今、彼の震えを止められるかもしれないのに。何もできない、それが悔しくて。


「なんだ?」


 ガルが何かに反応し、奈落の闇の奥へ視線を移す。私はガルの視線の方向を向いた。


「『魔動物』?」


 二足歩行、燃えるような瞳に大きい翼に大きい体。『魔動物』は、大きな翼が特徴となっている、と同時に大きな弱点でもある。翼が折れると『魔動物』は戦闘不能。


「こんな時にどうしてロクさんは!……ガルさん!行きますよ!」


「おうよ!」


 真っ白な獣毛で覆われ、緑色の瞳に変わったガルが地面を叩き割り、衝撃波を『魔動物』へと当てた。

 ただただ魔法を当てるのもどうかと思います、けど……ロクさんがいないから!


「岩魔法なら!グラッチ!!」


 詠唱とともに、私の周りから岩が造り出され、『魔動物』に向かって放たれる――とその時、『魔動物』と私の間に『光』が割り込む。岩は一瞬にして『光』に飲み込まれ、洞窟は大きな金属音が響き渡り地面が揺れた。


「何をやっているんだ、ナーハ」


 圧のある――圧しかない声が耳に入る。声だけで私の足は震え、体が後ろへと倒れた。


「これはこれは。また……いや、初めましてだったな。私は天の騎士、ニヒル・グラディウス・エンザエム。『賢者』の後継者だ」


「……あなたが『賢者』の―――?『賢者』は不■身の存在、ですよね。後継者ということは賢者は亡くなったことに―――」」


「ああ、そうか。君の情報は間違っていない。■―――『死』してはいない。ただ『封印』されているだけだ」


 賢者の伝説の話には書いていなかったことに驚きが隠せない。『封印』。これはまた別の話になってしまう。


 *


 伝説の物語、歴史と唱えている者もいる物語――――――『勇者』『賢者』『魔王』という3人と1人の『怪物』神話の物語の話となる。


 600年も昔。『勇者 ブレイヴ』は『魔王 イニティウム・テンプス』と魔人族を滅ぼすべく、『賢者 エンザエム』とともに魔王城へと向かった。

 魔王は時を歴史を動かす人物、方向は悪い方向に、と言い伝えらえている。勇者と賢者は魔王を追い詰めたが、体力的にも精神的にも限界が近づいていた。その時だ。歴史が止まった瞬間とは。

 第三者が現れ、勇者、賢者、魔王を鎖で動きを止め、床へと叩きつけた。第三者は不敵な笑みを浮かばせ、第三者は、『怪物』は自分も封印という代償を抱えつつ、封印魔法を使い、漆黒の世界へと閉じ込めた。その名を、


 ―――『ルノアール・ナファン』と言う。


 *


 何がどういうことなのか動揺している私を落ち着かせるように騎士は笑みを浮かばせた後、話を再開させる。


「君は起きないのかい、ロク」


「……精神の中に入られて驚いたんだよ、こっちは。動揺して動けなくて何が悪いってんだ」


 彼は普段通りの表情で起き上がった。


「ロクさん!!」


 *


 精神の世界である程度の話が終わり、俺の意識が急に覚醒する。で、最初に聞いた声が騎士ニヒルの「君は起きないのかい、ロク」だ。あーあ、最初はアンカの美声が良かったというのに。


「くっそ~。ひどいことするんだな、ニヒル」


「私は何もしていないが?」


 隠しきれてない笑みを俺に見せつけながら口に手を当てる。


「おい!お前!今の態度で俺からの好感度爆下がりだぞ!?い~や、もう失った!マイナスだマイナス!!」


「君は本当によく分からない。ただ、面白いとは思うよ」


 再び笑みを浮かばせ、空気を和ませていると『モンスター』が人の姿へと変化しながら、その空気を壊した。


「呆れる、呆れちゃった、心外。何で私を止めておきながらこいつらと話してるの?何で私を止めたの?何でさ。心外、心外」


 自分の考えを、思っていることを何のブレーキもかけずただ口から発せられる。自分勝手な賢者。仲間であると『この前』に言った。同じ後継者であると言ったのに、自分が不快だと思った瞬間賢者の考えはひっくり返るという最悪な性格。


「賢者の後継者がこれなら『賢者』さんはクソで最低な性格なんだろうな」


「そんなわけないでしょ。自分の考えをすぐに口に出して楽しいの?私は不快、気分を悪くするんだけど。『賢者』は―――」


「最低な性格だった」


 賢者――ナーハが言う前にニヒルが言う。俺の考えに肯定した。その予想外の返答にナーハはイラつきだし、拳を壁に叩きつける。


「ニヒル!何、こいつらの味方?何の権利があってこいつらの味方になってるの?私たちは賢者、勇者、魔王を復活、解放して、世界を変える。ただそれだけ動けばいい。ニヒルの『正義感』はどこにいったの?消しちゃったわけ?うわ、心外。呆れて仕方ない」


「君こそ何を言っているのか理解ができないね。私の『正義感』の良さ、悪さをこの男に教わった。だからこそ新しくなった。それに何の意味があると?」


正義感を教えた覚えがないが、いつの間にか教えていたらしい。と


「ほんと、心外」


 小さく舌打ちをして、彼女は暗闇の中へ入り消えていく。さっきのやりとりを見ていたアンカとガルは疑問に思ったようだ。当たり前だ。騎士――ニヒル、という人物にアンカとガルは初対面。ニヒルは俺のことを知っていて勝手に話が進みナーハとの対立。いつの間にか俺たちの仲間となっている。こんな光景を見て疑わない人などいない。


「ロクさんとニヒルさんは、知り合いなんですか?」


「なんとも答えずらい問いかけだが、『知り合い』ではないが、『知り合い』だ」


「―――?」


 まったく分かんねえだろ、とニヒルの言葉にツッコミを入れつつ俺が分かりやすく説明をした。アンカは物凄く物分かりが良かったおかげで、すぐに納得してくれた。


「―――つまり、今は初対面だけどちょっと前に知り合った……矛盾しているようですけど、なんとなく分かりました。敵ではない、という認識でいいんですか?」


「そういうこと!アンカの物分かりは世界一!ガルはまったく理解してないようですけど?」


 ガルのほうへ目線を向けると、クエスチョンマークが頭に浮かんでいそうな表情をしている。意外とずっと考えるような性格ではないガルは「分かんねぇな……」とすぐに降参。アンカが分かれば良い、とガルにも理解させようという気持ちがきれいさっぱり無くし、ニヒルへ問いかけた。


「前までは敵って感じだった、よな?ニヒル」


「ああ。あの時の会話のやりとりだけで君について行こうと思えたほどすごい話だった」


 褒めたたえるニヒルの言葉に俺は感激、うれし涙を1滴流す。あ~神様、良い仲間、最強を捕獲させてくれてありがとう!そう俺は感謝した―――とその時、


「はぁ……心外、呆れる、イラつく、腹立つ。でも、成功させちゃったな~」


「まさか!」


 驚きの表情で叫ぶ。闇の中から再び出てきたナーハ。不敵な笑みを浮かばせる彼女の表情は、何かしてはいけないことをナーハはしてしまった、何かしていないことをしたことによって異変は起きてしまったと気づかせた。


 ―――時計の針が動く音が響き渡ると同時に、目の前に『水』が見えた。


「何を成功させたんだ!!答えろ!」


「私に命令するとか頭イカれてんの?『成功者』だからね、呆れさせた君たちは『死ぬ』」


 俺の問いに答えようと全く思っていない様子。そのナーハの背後に人の姿が現れる。青い髪色、ショートで、透き通った水色の瞳、そして黒い服装の少女。


「賢者の復活。いいね、いいね、いいよ、いいよ!私に指図した罪を『死んで』償うことだね!」


 この瞬間、『歴史の欠片』が復活してしまったことを彼女が告げたのだった。

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