第8話 計画の始まり
「せっかく男子の貴重な意見聞けるし、日葵、只見に相談してみたら?」
「今は上手くいってないの?」
そう言いながら安達さんに視線を送ると、彼女は分かりやすく動揺して瞳を揺らす。
「えっと、友達としては上手くいってると思う」
「そうなんだよね。日葵ってヘタレだから、全然二人っきりのお出かけとか誘えてなくて、友達止まりって状態かな」
眉をへにゃりと下げて困ったように笑う安達さんに、双葉さんが呆れ口調で補足する。
「なるほど。それならまずは安達さんから積極的に動くべきだと思うよ」
本来、物語で彼女が積極的に動くようになるのは、かなり後のことだ。だがそれでは既に好感度を高めた月山さんと競うことになり、勝つことは出来ない。
それを避けるために、そして彼女自身のためにも安達さんには今から動いてもらう必要がある。
それに、次のイベントがもうすぐやってくる。そのイベントは安達さんが好感度を稼ぐことが出来るイベントでもあるので、是非とも積極的になってもらわなければ。
俺の「積極的になれ」というアドバイスを聞くと、何故か安達さんがぼわぁっと顔を赤らめ始めた。
「せ、積極的!?む、無理!」
「え、なんで?」
「だ、だって、自分からキスしたり押し倒したりってことでしょ?そんなの絶対無理!蒼ちゃんに沢山言われたけど、恥ずかしすぎるし、そんなの痴女になっちゃう」
真っ赤にした頰を手で覆いながら、上擦った声を上げる安達さん。うん、確かにそれは無理だ。双葉さんはなに無茶振りを言っているのかな?
「えっと、双葉さん?そんなこと安達さんに言ってたの?」
「まあね。だって日葵がいつまでも関係を進めようとしないから。発破をかけるつもりで言ってた」
「なるほどね」
「このままいったら絶対ぽっと出のヒロインが現れて取られると思うから、頑張らせようとは思ってるんだけどね。ほら、日葵って負けヒロインっぽさが凄いでしょ?」
「まあ、そうだね。現に月山さんとか……」
「そうそう。あの人とか漫画の中だったら絶対勝ちヒロインになるパターンだよね。流石ラブコメ好き。分かってるね」
俺と双葉さんで互いに見合って苦笑を零す。そんな様子に安達さんがきょとんと首を傾げた。
「え?負けヒロイン……?なに、それ?」
「はぁ。その危機感の無さがダメなのよ」
「それは全く同感。安達さん、もう少し危機感は抱いてほしいかも」
まったく。双葉さんの言う通りだ。双葉さんと俺で呆れた視線を安達さんに向けると、彼女はちょっとムッとしたように頰を膨らませた。
「もう、なんなの、2人して。2人だけで通じたように仲良くしてずるい!私も混ぜてよ」
どうやら負けヒロインどうこうよりも俺と双葉さん2人で仲良くしていることに怒っているらしい。
いや、こっちは真面目に話してるんだからね?
「まあまあ。とにかく、安達さんには積極的になって欲しいというのが俺と双葉さんの思いなわけ。安達さんだって本宮くんともっと仲良くなりたいと思ってはいるんでしょ?」
「それはそうだけど……でも、積極的……」
「大丈夫。流石に双葉さんみたいな要求はしてないから。もう少しハードルを下げたぐらい」
そう言うと、安達さんはおずおずと上目遣いにこちらを見て、少しだけ乗り気な姿勢を見せた。
「……えっと、具体的に何をしたら良いの?」
「2週間後に調理実習があるよね?確かお菓子を作るはずだから、それを渡すってのは?そのぐらいならいけるんじゃない?」
「確かに、それなら押し倒すとかよりは出来そうかも……」
俺の提案にポツリとそう呟く安達さん。どうやら少しはやる気を出してもらえたらしい。
まあ、押し倒すことに比べたら大抵のことは簡単だと思うが、そこはつっこまないでおこう。
「いいね、それ!日葵ならお菓子作り得意だし、絶対本宮喜ぶよ。確か前に甘いの好きって言ってたし」
「うん……でも、急に渡して変に思われない?」
「大丈夫よ。男なんて単純なんだから女子の手作りってだけで喜ぶに決まってる。そうでしょ、只見?」
「ああ。よほどの潔癖症じゃない限り手作りが嫌って人はいないと思うよ」
双葉さんの言葉に力強く頷く。
流石に見知らぬ人からの手作りのものは怖くて食べられないが、知っている人なら嫌、ということはないだろう。
なにより本宮は物語の中で手作りのクッキーを貰って喜んでいたのだから、安達さんのだって喜ぶはずだ。
「ほら、只見だってこう言ってるわけだし、多分炭みたいな焦げ焦げのものだって喜んで食べるわよ」
「いや、それは流石に食べないよ?」
「うるさい。例えよ、例え」
俺のツッコミは呆気なく一言で片付けられてしまう。
まったく、双葉さんがこういう人だとは分かっていたが、なんでも極論過ぎる。
「とにかく、せっかくの機会なんだし、日葵、頑張ろ。私も力貸すし」
「……うん、そうだね。頑張ってみる」
双葉さんの言葉に、安達さんはきゅっと口を結び、真剣さを宿らせて瞳をきらりと輝かせた。
(ふぅ、なんとか上手くいったみたいだな)
無事、安達さんにやる気を出させることに成功してほっと胸を撫で下ろす。
今日は一度失敗していたので、その不安でいつもより緊張したが、良い感じになってよかった。
やはり人の気持ちの問題であるので、どうしてもその場でのアドリブが必要になるのだが、特に問題が起きずに済んだ。
おそらく、ここまで順調に進められたのは双葉さんの力も大きい。
彼女自身が安達さんに積極的になるよう望んでいたおかげで、俺のアドバイスの後押しになった。
もし、彼女がいなければ安達さんを説得するのにもう少し手間が必要だっただろう。
やはり、双葉さんを2番目に仲良くなる人に選んでよかった。そう実感する。
「よし、本宮に手作りのをあげると決めたなら練習しなくちゃね。せっかくなんだし、もっと上手くならないと。ね、日葵?」
「……うん、そうだね。食べてもらうならやっぱり美味しいの食べて欲しい」
「じゃあ、今週末は日葵の家で練習しよ!私味見役やってあげるから」
「……ねえ、蒼ちゃん。それ、私のクッキー食べたいだけでしょ」
冷ややかな眼差しを送る安達さんに、双葉さんは「あはっ、バレた?」と舌をちょろっと出した。
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