第7話 新たな協力者

 薄く色の抜けた茶色の髪。ボブカットでうちに巻かれ、少しだけあどけない印象を受けるが、強気な瞳ですぐにその印象は消えて無くなる。

 安達さんにも引けを取らず端正な顔立ちは、安達さんの可愛い印象とは逆で美人という印象を受ける。そんな強気そうな彼女は、ぱっちりとした二重の瞳を僅かに細めてこっちを見ていた。


「蒼ちゃん。急に抱きついてくるからびっくりしたよ」


「ごめん、ごめん。日葵の背中が「私に抱き着け」って語ってたから、ついね」


「背中はしゃべらないよ!?」


 安達さんの鋭いツッコミなど気にせず、双葉さんは、てへへ、と特に悪びれた様子もないまま安達さんから離れて彼女の隣に並んだ。


「それで、珍しい組み合わせでなに話してたの?」


「あー、それはね。今日本宮くんが月山さんにノート貸してたって話はしたでしょ?」


「うん」


「それなんだけど、ほんとは只見くんも気付いてて朝の時に「月山さんにノート貸してあげて」って頼まれてたんだけど、本宮くんが先に貸してたから貸せなくてごめんね、って話」


「へー、あんたってそういうの気付くんだ。ちょっと意外」


 安達さんの説明に双葉さんは感嘆の声を上げて、目を少しだけ丸くした。どこか見直してくれたようにも見えるのは気のせいではないだろう。


 双葉蒼。メインヒロインである安達さんの中学からの同級生で、安達さんの想い人が本宮であることを知る人だ。漫画ではその親友とも呼べる関係性で何度も彼女の力になる重要な人物でもあった。


 そんな彼女がなぜわざわざ俺と安達さんの会話に割り込んできたのか。それは俺と話すためだろう。予想通り話しかけてきたことに内心でほくそ笑む。


 今回蒔いた種というのは、安達さんの想い人を言い当てたことだ。好きな人が知られてしまう、なんて事件が起これば、大抵、特に女子なら仲のいい人にそのことを話すはず。そしてそれを知った親友なら心配してその相手を様子見してくるだろう。


 その結果が目の前の現状だ。


 これは望んだことでもある。安達さんとの繫がりを作っあと、次に誰と仲良くなるか考えたときに一番やりやすいのが双葉蒼だったからだ。彼女は俺とほぼ同じ安達さんを応援する立場であるし、なにより彼女の趣味を考えれば、双葉さんより仲良くなりやすい人はいなかった。


 無事俺の目論見通りに進み始めたことに満足しながら、双葉さんに話しかけた。


「えっと、双葉さんだよね?」


「そうよ。よく知ってるわね。あんたは昨日委員長に立候補してた只見、だったよね?」


「うん、そうだよ」


「月山さんのこともそうだけど、なんか意外よね。絶対委員長とかやらなそうなのに」


 双葉さんの反応はもっともだろう。俺もこんな眼鏡かけたいかにもなオタクなおデブちゃんが急に委員長に立候補なんてしたら驚きますね、はい。


「あはは、まあ、その反応はもっともだと思う。だけど、自分を変えたいって思って行動してるから、その反応はちょっとだけ嬉しいかも」


「自分を変えたい?」


 きょとんと不思議そうに首を傾げる双葉さん。細めていた瞳をくりくりと丸くしてこちらを見つめる。


「あー、えっと、ラブコメの漫画で俺みたいな陰キャが陽キャに成りあがる話があってそれに憧れて……」


「あー!なるほどね!その漫画ってもしかして『オタクはリア充を目指す』って漫画?」


「あ、そうそう」


「やっぱり!え、じゃあ、只見くんってラブコメ好きなの!?」


「う、うん、そうだよ」


「実はね、私も大好きなの!なるほどね、だから急に立候補なんてしたんだー」


 きらきらと目を輝かせてて双葉さんは納得したようにうなずく。さっきまでの警戒心はどこへやら。

 ここまで効果てきめんだとは思っていなかったが、さっきより警戒心を薄めてくれたことにほっと安堵する。


 ここまでの双葉さんの反応を見ればお気づきだろう。そう、彼女の趣味というのはラブコメ漫画を読むことなのだ。物語中では、その設定を生かして双葉さんが安達さんにメタ的な視点からアドバイスをしていた。


 これが彼女を二番目に近づく人物と決めた理由だ。彼女と俺はかなり似た立場にいるし、なによりラブコメ好きとあっては、個人的にも話してみたかった。

 結果としては完ぺきといっていい出来だろう。


 完全に同志を見つけた目で見てくる双葉さんに俺は微笑み返していると、双葉さんの隣でふくれっ面になっている安達さんに気付いた。


「えっと、安達さん?どうかした?」


「秘密っていったのに。二人の秘密を蒼ちゃんに話して……」


「え?あ!」


 そういえばついさっき二人の秘密だと言っていたことを思い出す。自分的にはそこまで隠すことではないと思っていたので忘れていた。どう答えたものか悩んでいると、双葉さんが聞き返す。


「なに、二人の秘密って?」


「えっと、昨日蒼ちゃんに話したけど、只見くんが私の好きな人を知っちゃったから、私の好きな人をばらしたら只見くんが変わろうとしていることを他の人に話す、って言っておいたんだけど、只見くん勝手に蒼ちゃんに話しちゃったから……」


「あー、なるほどね。なに、只見って変わろうとしていることを隠してたの?」


 安達さんが言わんとしていることを理解して、俺に視線を送ってくる。こてんと首を傾げ、さらりと茶色の髪が煌めいた。


「いや、安達さんがごり押しで俺の秘密ってことにしたんだよ。それを忘れてた」


「はいはい、日葵のいつものね」


 どうやら前にも同じようなことがあったようで、双葉さんは呆れたように頷き、安達さんの方を向く。


「日葵、まあ、いいじゃない。ほら、これで私と日葵と只見、三人で秘密を共有する関係ってことで」


「確かに……。ならいっか!」


 双葉さんの言葉に一瞬感嘆の声を漏らした後、安達さんはぱっと顔を輝かせた。もう機嫌は直ったらしい。安達さん、ちょろい子だった。


「そうだった、只見がラブコメ好きってので忘れてたけど、本当は念押しに来たんだった。いい、只見。絶対日葵の好きな人、ほかの人に口外しないようにね」


「分かってる。安達さんにも話したけど誰にも話さないよ」


 真剣に双葉さんと目を合わせてそう告げると、その真摯さが伝わってくれたのか、双葉さんは「なら、よし」とにっこり微笑んだ。


(なんとか上手くいってるな)


 すでに彼女からはそこまでの警戒心は伝わってこない。ある程度気を許してもらったと考えていいだろう。やはりラブコメの力は偉大だ。つまりラブコメ神。


 さて、この後どうしたものか考えていると、双葉さんが「あっ」と声を上げた。


「せっかく男子の貴重な意見聞けるし、日葵、只見に相談してみたら?」


 どうやらここからは相談タイムらしい。今後の流れを決める重要な相談に気合を入れなおした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る