expansion11 鳥鳥 その11
そして、通路を歩き始めてから数分後のこと――、
恋敵がなにかに気づいて、うしろにいる俺たちに片手で合図を出した。
俺は当然、気づくことができたけど、未だに前を向こうとしない理々は、
恋敵の合図に気づくことができなかった――。
なので俺が、前に進もうとする理々の体を支える。
理々の行進も止まり、俺は恋敵の、
恋敵が発見した普通ではないものの正体――その情報が出るのをおとなしく待った。
嫌な予感がした。嫌な予感しかしなかった。
そして予想通りに、恋敵が発見したなにかは、
俺たちにとって――理々にとって、最悪のものだった。
嫌な予感が、見事に的中した。
ふざけんな、と、言いたくなるほどだ。
俺は理々を、その場で座らせる――、
そこでおとなしく待っていろ、と声をかけて。
何度も何度も、声をかける。
脳に刻み込ませるように声をかけ、理解させて――。
それから、俺は恋敵の隣に、足を運ぶ。
ここは天井の位置らしく、恋敵が見たなにかというのは、真下……、
ある、一つの部屋にあった光景のことだ。
俺も恋敵と同じように、寝転がるような体勢になって、下を見る。
見つける。
最悪の光景を、目に刻む。
部屋の中は血の海だった。
赤く、赤く、赤い血が部屋のあちこちを染めている。
そんな真っ赤な、血だらけの部屋。赤い世界と言うべき空間に、
その赤を邪魔するようにして、黒が存在していた――黒いスーツ。
さっき出会ったのとは、別のやつだとは思うが、
やはり、拳銃は持っていたのだろう、それに、周囲に弾が転がっている。
さっきの銃声は間違いなく、ここである――、
倒れているのは一人の男性。
顔は血溜まりの中にあるため、どういう顔をしているのか、いま、
どんな表情をしているかは、読み取ることはできなかったが、
歳は、三十代くらいだろう、というのは雰囲気で、なんとなく、分かることができた。
心がざわつく――、
三十代、小学生くらいの子供がいたとしても、おかしくはないだろう。
「……恋敵、ここは素通りしよう、関わりたくない」
「それはおれだって一緒だ――でも、素通りか……ここを通るのかよ。
音も立てずに、気配を勘付かれないようにして、おれとお前、そして理々で、
ここを通るってのか? 成功なんて、できそうにねえだろ」
恋敵はそう言うが、だが、ここで前に進まず、ずっと立ち止まっていろ、
とでも、言うのだろうか――すぐにでも、ここから離れた方がいい。
どれだけの危険があろうと、
立ち止まっているなんて、いちばんやってはいけないことだ。
そう、心の中がざわつくのだ。
なによりも、理々に見られてはいけな――、
「――なに、これ……、もしかして……も、しかして――、
なんか、じゃ、ない……、あれ、あれ、あれって、ぜったいに……」
震える声が、うしろから聞こえてくる。
振り返らなくても分かる、この声は、理々のものだ――。
さっき、ここにいろ、と言ったはずなのに。
だが、理々は俺が予想していた通りに、その場から動いて、俺たちの元にきた。
自分の意思で。
彼女が見た光景は、いま、理々には見せてはいけない光景であった――。
いまとか、あととか、
そんな時間なんて関係ない。
いつだって、見せたくない光景だとは思う。
その中でも特別、落ち込んで、立ち直ろうとしているいまの理々には、
やはり、いまだけは絶対に、見せたくないものであった。
「――お父さん?」
と、理々が震えた声で。
しかし、しっかりと確信を持った声で呟いた。
そうだろうなと思っていたからこそ、驚きはなかったが、
だが、残酷な光景を見せてしまったなあと、俺は俺を、殴りたい気分になった。
いま、理々は、家族の死を目の当たりにしている――、
なのに、なにも言えない俺。
敵に見つかるからと言って、なにも言えない俺を、俺は、嫌になる。
自己嫌悪。
あの血溜まりにいるのが俺だったらなあ、とか、
考えてみたけど、無意味なことだなと思い、すぐに思考を停止させる――、
すると、さっきの理々の声が大きかったのか、
それとも、相手の耳が良かったのか――理由はなんであれ、
結果を言えば、俺たちが部屋の真上、天井にいることが、相手にばれた。
位置を特定されたわけではない。にもかかわらず、相手は拳銃を天井に向けて、
そして撃ってくる。
撃つことで、当てることで、俺たちの位置を特定しようとしているのか。
くそ、相手は俺たちのことが誰か、なんて分かっていないから、
そう、一人娘の理々だってことが分かっていないから、迷いなく撃ってきている。
理々を捕まえようとしているらしい、と、さっきのことで分かったから――、
だから理々がいれば、簡単に死んでしまうような攻撃はしてこないと、
甘く見ていた――分かっていないというのならば、話は別だ。
というか、理々だと分かっていないというのならば、尚更、
簡単に死んでしまうような攻撃をするんじゃねえよ――、馬鹿なのか。
それとも、理々の生け捕りはもう諦めて、殺しにきているのか。
父親を殺したのだから、
こいつらが理々を殺そうとしても、なにもおかしなことはない――、
逆に、そっちの方があり得そうだ。
「――っ、とにかく、走ろう、恋敵、理々!」
返事を待たずに、俺は恋敵と理々の手を引っ張って、通路を走り抜ける――、
銃弾が届かないところまではくることができた。
つまり、逃げることができたのだが、そこで安心してしまったのだ。
完全に油断していた。俺は、床の強度というものを、すっかりと忘れてしまっていた。
三人が――の内、二人はペンギンで、二羽なのだが――天井の通路を走れば、
そりゃ耐えられるところもあるだろうが、だが、耐えられない場所だって、
当然、あるに決まっている。
そこがどこなのか分からないのだから、ゆっくりと走るべきだった。
しかし、仕方ないと言えば、仕方ない。
銃弾のせいで、俺たちは床が弱いかもしれないなんてことを、
すっかりと、きれいに忘れて、走ってしまったのだ。
結果、床が抜けて、俺たちは地面へ真っ逆さまである――。
高さはそこまであるわけではないから、落下した時の衝撃がすごく痛い、
ということはなかった。
しかし、それは俺たち、
俺と恋敵の場合であって、理々は別である。
打った肩を手で押さえながら、
「うぅ」と痛みを訴える理々――、
幸い、痛めたのは腕らしいから、足は大丈夫そうだ。
走れない、わけではない、と安心である。
しかし、安心している暇もない、というのがいまの状況だ。
誰かの駆ける音が、俺の耳に届いている――、
敵、理々を狙う、敵。
絶対絶命のピンチであった。
「まずいぞバツ印、
三百六十度、全部から足音が聞こえてくる――、逃げられねえぞこれッ!」
「――――っ」
逃げられない、詰み、終わり――、エンド。
俺たちの逃走劇はこれにてお終い。
あとはやってくる敵を待って、待ち続けて、相手がきたら、
相手の言いなりになってから、そして殺される――、
そんな終わりがこのあとに待っているなんて、そんなの……、
――ふざけんな。
まだ終わっていない、終れるか。
終わらせてたまるか――、俺はまだ、諦めていないッッ!
「恋敵」
言いながら、俺は、二人から距離を離していく――、
当然、聞こえてくるのは恋敵の、
「どこにいくんだよ!」という声だ。
どこにいくかなんて、俺もはっきりと分かっているわけではない。
だが、なんだかテキトーに歩いていけば、辿りつくと思っている自分がいた。
都合の良い展開で、きっと、逆転の手は、あるはずなのだ。
「――恋敵は絶対に、理々を離すな。
敵がきて、引き剥がされそうになっても。
拳銃を向けられても。
脅されても、殺されても、死んでも――絶対に理々だけは離すな。
他は離してもいいけどさ、理々だけは絶対に、離すな――絶対だ」
「なにか、勝算でもあるのか?
そこまで言うからには、確実に助かるんだろうなあ、おいっ!」
「分からないけど――努力はするよ。
一か八かの大きな賭けだ――、
恋敵は俺を信じるのか、それとも、信じられるかふざけんな、って、俺を責めるのか?」
恋敵は俺のいじわるな質問に、そんなこと決まってんだろ、と強く言い放つ。
「信じる信じないの次元じゃねんだよ――さっさといけ。
助かる方法があるってんなら、まあ少し矛盾してるかもしれねえけどさ、
たとえゼロパーセントでも、俺はお前をいかせるぜ、バツ印」
恋敵はそんなことを言う――、
その言葉は素直に嬉しかったし、やる気にも繋がった。
命を託されたのだから、緊張しないわけがないが、なんだか、
失敗する気がまったくしなかった。
成功しか見えない。
失敗は無なのだから、想像しづらいから想像しないけど。
失敗のことを考えれば、失敗に繋がると聞いたことがある。
だから、俺は失敗のことなんて考えなかった。
手に力を込めて、拳を作る。
「さて――それではみなさん、先に謝っておこうか」
俺は心の中で謝っておいた。
――……ごめんなさい。
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