expansion10 鳥鳥 その10
俺の意識が過去から今へ戻ってきた瞬間、
休む暇なく、状況を整理する余裕はない。
俺はされるがままに、恋敵に手を引っ張られた――、
恋敵のもう一つの手には先客がいる……、
俺と同じように、なにがどうなっているのか、
まったく分かっていなさそうな表情をしている、理々の姿があった。
状況を確認すれば、逃げている……のだろう。
しかし、追ってくる者が、特にいないのだが……、
恋敵は、一体なにから逃げているのだろうか――。
時間、とかか?
タイムリミットでもあるのだろうか。
だとすれば、一体なんの? ――という話になる。
俺が質問する前に、恋敵が状況を説明してくれた。
「おい、お前はなんでぼーっとしてるんだよ。
こっちは何度もお前に声をかけたってのに、ぜんぜん反応しないからよ、
おれ、不安になっちまったじゃねえか。
……ふう、でも、それはもういい。
いや、よくはないけどな、いまの状況を考えれば、いまはもういい――。
あとで、なんであそこでぼーっとしていたのか、漏らさず聞くから覚悟しておけよ」
そう文句を垂れ流してから、
恋敵が状況の説明を、丁寧に一から十まで、全てを教えてくれた。
ただし、恋敵に分かる範囲のことだけだ。
俺はそれについて、当たり前のことだろう、と思ったが、
自分の主観での情報しか話せないことが、恋敵としては嫌だったらしい。
気にすることないが。
俺にとっては充分過ぎる。
「なるほどね、いま、姿が見えているわけじゃないけど、
間違いなく追われている、と――しかも相手は銃を持っている……、
そして、理々を追っている――って?
俺たちからすれば相手は完全に敵ってことか」
「ああ、そういうことだ――、
だからどうにかして、理々をここから逃がしたいんだが、
しかし、良い案が思いつかない。
隠れる場所なんて大量にありそうなものなんだが……、
でも、ずっと隠れ続けていることができるところなんて、ないだろ」
それもそうだろう、隠れるところはたくさんあるが、
しかし、ずっと、永遠に隠れ続けられる場所なのかと問われた場合は――、
言われてみれば、そんなに長く隠れ続けることはできない。
そこに確証はない、ということになる。
後々のことを考えれば、ここでいちばん良い隠れ場所を見つけたい……。
そんな贅沢なことを言っていられないというのも、本当のことではあったが――。
隠れ場所を定期的に変えるという案も、あるにはあるが、
その移動の際に見つかってしまえば、全てが、ぱあになる。
見つからない場所――、部屋は、アウト。
食堂やトイレなんて、部屋と変わらずにアウトだ。
船員の部屋や、キッチンなども、結局は探されることは確実――アウトである。
となると、本格的に隠れる場所がない。
このままでは、いまは見えていないが……、
しかし、じきに見えてくるだろう、
拳銃を持つ黒スーツの男に、捕らえられてしまう。
……どうする?
きょろきょろと、俺は周りを見渡す。
正直、ここで俺も、確信があったわけではないし、
ダメ元の覚悟で見渡して、ろくに集中もしないで確認した程度だったけど、
でも、運が良かったのか、
俺は小さい体だからこそ入ることができる、小さな穴を見つけた。
そこは、空気の入れ替えをするための隙間である――。
中を見てみれば、各部屋に繋がっているらしい、ことが分かる。
穴があるのは地面だが、
進んでいけば、いずれ天井にもいけるし、地下にいくことも可能だろう。
なんとも便利な穴を見つけたものだ――。
各部屋に繋がっているというのならば、ついでに――、
俺たちにとってはついでであるが、理々にとっては目的である、
父親を捜すことができるだろう。
それに、黒スーツの男たちの動向も、見ることができるはず。
迷う余地はない。
さっきからずっと走っていたために、体力的に限界に達していた理々は、
膝を曲げて、息を切らしていた。しかし、息が整うのを待つ余裕はないので、
俺と恋敵、二人の力で、理々の体をぐいっと押す。
見つけた穴の中へ、彼女の体、全身を突っ込ませる。
その時――やっと、と言うべきか。
黒スーツが姿を現して、辺りを必死に探していた。
理々を探しているのだろうが、残念ながら、そこにはいない。
嫌味を言ってやろうかと思ったが、いまはペンギンなので、言葉が通じるはずもない。
わざわざ相手に、答えに近いヒントを教えることもない――、
ずっと、ゴールのない目的地を探しているべきだ――お前たちは。
恋敵を先にいかせ、理々を追わせる。
俺は黒スーツの男を少し眺めてから。
俺も続いて中に入る。
きちんと、元々、設置されていたカバーで穴を塞いで。
中は暗闇だった。
が、各部屋に繋がっているために、それに、基本的に部屋の電気は点けっぱなしなので、
そのおかげで光がいま、俺たちがいる場所まで届いていた。
どういう道になっているのかがよく分かり、互いの顔を見ることも叶った。
すると、理々は前へ進もうとはせず、途中で止まったままだった。
呼びかける前に、理々の体に触れてみれば、理々は震えていた。
命を狙われているという事実は、やはり、汚雲家として生きてきた一人娘としても、
ずっと命を狙われ続けていたであろう女の子としても――恐いのか。
特別扱いというか、理々は特別な人間で――選ばれた人間だと、
俺は勝手に、そう思っていたからこそ、いまの理々の反応には、少し驚いた。
しかし、理々だって女の子だ。どこにでもいる、ランドセルを背負って、
友達とお喋りしながら楽しく毎日を過ごす、そんな女の子なのだ。
「……裏切られた、わたしは、ひとり……、誰も、助けてくれない……っ。
誰も、味方なんて、いない……わたしは、孤独、孤独、孤独――ひとり、ぼっち……」
いまにも泣き出しそうな理々は、この狭い穴、通路の中で、
体育座りをして、身を固めるように、塞ぎ込んでしまった。
さっきのあいつは、ボディーガード……か。
いままで当たり前のように信じていた、信じ切っていたボディーガードに、
裏切られる、というのは、やはり精神的ダメージが多いのだろう。
理々にとっては、父親……いや、兄貴に、裏切られたようなものなのかもしれない――。
立ち直れなくても、仕方のないことだとは思うが……、でも、いまは困る。
この状況で塞ぎ込んでしまうと、逃げることもできないのだから。
いまは空元気でもいい。本当になんでもいいから、だから顔を上げてほしい――理々。
「理々――いくぞ、いつまでも子供みたいに、めそめそしてんじゃねえ。
裏切られたのがなんだよ、裏切られるのが恐いなら、信じるんじゃねえ。
信じるってのはな、裏切られる覚悟があるやつがすることだ。
お前は信じたんだろ、あいつを。
だったら、裏切られたことに、いつまでもうじうじと悩んでるんじゃねえ。
お前の命が懸かってるんだ、こっちは必死なんだよ――理々」
恋敵の、説得、とは言えない説教が、理々を責める。
少しだけ、いや、かなりきつい言い方ではあったものの、
しかし、いまの理々にはこれくらいがいちばん良いのかもしれない。
いままで甘やかされてきたのだろう、
ここで厳しくしておかないと、理々はきっと、駄目になってしまう。
俺たちはダメダメだから――、
だから、理々に同じ道を歩んでほしくないのだ。
「理々、いこう」
勝手に、前へ進んでいく恋敵を追う前に、
俺はまず理々へ声をかけ、手を取って、そして引っ張った――。
理々の体は、全体重を乗っけているからなのか、すごく重かったけど、
だが、引っ張れないほどではない。
俺は引っ張った理々を、そのまま歩かせる――、
精神崩壊を起こしているかもしれないと不安になったが、
理々の隠れている表情から――ちらりと見えた表情から、
きっと理々はまだ負けてない、と思った。
抗っている――、
勝負はまだ、続いている。
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