expansion9 鳥鳥 その9
鯱先輩が、手に持っているクラッカーを投げ捨てながら言う――、
いまみたいにゴミをゴミ箱に捨てないで、
そのまま放り投げているからこそ、部屋が汚いのではないか……?
どうやら汚い理由というのは、それだけではないらしく、
部屋の床、天井、壁、その他の場所にも、お札が貼られていた。
それのせいで、部屋が汚く見えるのかもしれない。
それ抜きにしても、汚いことは変わりないが、
というか、この部屋で何日も泊まったのではないかと思ってしまうほどに、
カップラーメンのゴミが散乱してあって、とても女子がいる部屋だとは思えなかった。
「……すごい個性的な部屋ですね」
「いいよ気を遣わなくて。
汚いなら汚いって言ってくれた方が、こっちともしても楽だからさ」
とは言ってくれるが。
こっちの気持ちというのも考えてほしい――。
きていきなり、『汚い』なんて言えるわけがないだろう。
だが、なんだか鯱先輩には、
俺は無意識的に、本当になにも考えずに言ってしまっていた。
「汚いですね」
と、言ってしまっていた。
言ってしまったからと言って、鯱先輩からきつい視線をもらうとか、
好感度が下がったということはなく、逆に好かれたような感じであった。
「あっはははっ、そうやって本音を言ってくれるのが、
私としてはすっごく嬉しいんだよね。だから君も話してくれると嬉しいよ、恋君」
鯱先輩は恋敵のことを『恋君』と呼んだ――。
このあだ名は『憩場投擲』という名から取ったのではなく、
いや、もしかしたらそこから取ったのかもしれないが、
俺から見るに、それはないと言えた。
鯱先輩は、俺が恋敵のことを恋敵と呼ぶシーンを見ていて、
そこからいまのあだ名を思いついたらしい……、
だから、俺の影響というのが強いのだろう。
ゆえに、恋君。
そして、呼ばれた恋敵は、加えて質問された恋敵は――、
鯱先輩の言葉に返答せず、俺の後ろ、半歩下がったところで、黙ったままであった。
口を閉ざしたまま、開ける気がなさそうだ。
そろそろ鯱先輩も、怒っていいんじゃないか……?
思ったが、だが鯱先輩は「あはははっ」と笑っているだけであった。
恋敵のいまの態度を個性と捉えて、
面白い、とでも思っているのかもしれない――。
面白ければなんでもいい――鯱先輩は、そんな思考回路を持っているのかもしれない。
「話さないのか、話せないのか――いや、話せないのは、なさそうね。
どうやら私にだけ、話さないって態度なのかもね。
それならそれで、別にいいけど。
君の個性を、私はいいように調理したいからね」
鯱先輩は舌を出して、自分の唇を、ぬるりと舐めた。
うっとりしているような目をさせていたが、すぐにそれが消える。
そして、部屋の中でもいちばん際立っていて、豪華で、
それに、他の誰よりも巨大なテントの中へ、俺たちを招き入れる。
「ここは、鯱せんぱ――いや、鯱さんの部屋なんですか?」
「さん付けもしなくていいよ――うん、ここが私の部屋。
もちろん住んでいるわけではないけど。
たまに作業とか、調べものとかで家に帰らないことがあるから、
その時はここで寝ていることもあるよ……なに?
もしかして、夜にここで過ごしている私を想像した? いいよ、別に。
バツ君なら、一緒に寝たって別にいいんだよ?」
「退学にはなりたくないので遠慮しておきます」
そう断ると、鯱先輩は「ちぇー」と残念がる。
「ま、退学にはならないけどね」
正直に言うと、魅力的な提案ではあった……が、
しかし、一緒に寝れば、自分のなにもかもが、鯱先輩に食べられてしまうのではいか――、
奪われてしまうのではないか、と――、そう危険を感じているのだ。
あと――、言っては悪いが、こんな場所で夜を越したくはない。
朝も同様に、迎えたくはない。
遊びにくる程度ならば、とは言えそれも若干、嫌ではあるが……。
がまんできない程ではないので、耐えることを選ぶが……、
しかし、住むとなると話は別だ。
俺はこの空間に耐えることができないと、自分自身でそう思う。
だからいま、こうして少しの時間だけ訪れるのが、いちばん良い選択なのだ。
「それじゃあ、オカルト研究会部長、箱戸鯱の新しいプロジェクト――、
これは大昔の儀式のことなんだけど、それをやりたいと思いまーす!」
すると、鯱先輩がカンカン、とフライパンをお玉で叩きながら、そう言い放つ。
テント越しでも分かるのが、他のテントの中から、
「おおっ!?」とか「なんだなんだ!?」と興味津々な声が出ていた。
だが、こちらのテントも入口が閉まっていて、
完全ではないが、密室空間になっている。
聞こえるのは声だけで、物理的な干渉というのは、まったくなかった。
見たいのならばくればいいのにと思ったが――、
これ以上、鯱先輩みたいなのがいても、処理できない。
こうして距離を取っているのは正解……最善だったのだろう。
俺は鯱先輩を見つめる。
すると、うしろにいた恋敵がぼそぼそと、俺の耳元で囁くように、小声で言ってくる。
「いかにも怪しい雰囲気だよな……ここまできて、
ここまで入ってきてから言うのもなんだけどさ、
本当に大丈夫か、これ? なんだか、嫌な予感しかしないんだけどよ――」
「俺もそうだよ、嫌な予感しかしない――。
でも、ここで逃げることもできなさそうだし、
テキトーに受けてさっさと帰ろう。
たぶん、ここで逃げたら、後々、学園生活で不都合が出るかもしれないからな――。
鯱先輩、なにかしてきそうだし」
俺の意見に賛成だったのか、恋敵がこくんと頷いた。
そして、口を閉ざし、俺の背後に隠れ、鯱先輩とは目も合わせようとしない。
完全に、無関係を決め込んだ。
いまから、鯱先輩が言う『儀式』をすると言うのに。
完全に無関係を決め込むことができるというのは、素直にすごいと思う――。
なにも指示を受けずに、儀式をする、ってことだ。
危険とか不都合とか色々と、そういうのも含めて、無関係になる――、
そっちの方が余計に怖いと思うぞ。しかし、恋敵はそれでも無関係を決め込む。
恋敵の視界に、鯱先輩はいないのだろう。
それとは逆に、俺の視界には、鯱先輩しかいない。
汚染されている、嫌なことに。
「なんかぼそぼそと話してたようだけど、考えごとはまとまったの?
――まとまっていても、いなくても、私は私のペースでやるから、関係ないけどね。
それじゃあ、やろうか。
儀式、儀式、儀式――、必要なものはこれ、この石を持って、正座してねー」
鯱先輩が、俺たちを無理やり座らせる――。
渡された石。光っているけど、その光はなんだか、汚い光であった。
黒く、輝いている――、
黒いのに輝いている……、不気味な感じだ。
黒い輝き。
それは恋敵の方の石も同じであった――、
そして、鯱先輩が俺たちの前に腰を下ろし、
カバンから俺たちと同じ石を取り出して、ぎゅっと握りしめる。
それから自分の胸に叩きつけた。
それが合図だったのだろうか、
それが、儀式の手順だったのだろうか――。
分からないけど、その時、石が震えた気がして――だから俺は石を見た。
恋敵も同じように石を見ていたのを、俺はしっかりと確認して――そして。
黒い輝きが、俺たちを包み込む。
黒いラインが俺たちをぐるぐると縛るようにして……、
あとはもう、分かるだろう。
気づけば、俺たちは船の上にいた。
気づけば、人外になっていた――そんな話である。
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