expansion8 鳥鳥 その8

 日本人だけではなく外国人も、

 地球規模で見て全体――隙間なんてないほどに、

 世界各国のお偉いさんがこの船に乗っていた……と感じる。


 全員を全員、覚えているわけでもない。

 船に一体、誰が乗っているかなんて、理解しているわけではないから、

 勝手なことも、決めつけも、俺にはできないし、権利もない。


「……こんなところを、

 ひょうひょうと走り抜けれられる理々は、一体何者なんだよ、本当に……」


 呟いてみたが、答えはもう分かっている。

 今更、考えることもない正解が、頭に刷り込まれている……。

 過ぎ去ったことではあったが、再確認の意味を込めて、一応、言葉に出してみたら――、


「汚雲家の一人娘だろうよ。

 汚雲家は母親が第一子を生んで、すぐに死んだからな――。

 それに、父親は再婚をしていないらしくて――再婚をする気がないらしくてな。

 だから理々が世界で唯一の汚雲家の跡取り……ってことなんだろうよ」


 だから、豪華過ぎるメンバーに囲まれたこの場にいて、

 元気に走っていてもおかしくはないんだろうぜ――と、

 恋敵が俺の真横で、そう言葉を返してきた。


 ふうん、一人娘か。


 父親が理々の迷子を、正直に迷子と取っていれば、

 今頃、必死に探しているのだろうと思うが……。

 あっちも探していて、こっちも探していて、

 そんな状況で出会わないわけがないのだから――、


 いま、出会ってない事実を確認すれば、

 理々の父親は、理々が迷子ではなく、

 普通にどこかへ遊びにいっているとでも思っているのかもしれない。


 意外と、扱いが雑なんだなあ――、

 跡取りなら、べったりとくっついていそうなものだし、

 ボディーガードもついていそうなものだけど……、

 それがない、というのは、理由があるのだろうか。


 そんな疑問が、俺の頭に一瞬、よぎった。

 自分で言ってから、変だな、と違和感。


「理々……、ボディーガードって、いないの?」


 すると、理々は少しだけ不思議そうな顔をしてから、

 思い出したように――「あっ」と声を出して、


「そういえば、いないかもしれない……、いつからだろう?

 途中まではいたような……、迷子になる前に消えたのかな? んぅ?」


 どうやら、ボディーガード自体がいたことは、確実であった――。

 となると不安要素……、普通に考えれば、無意識的に、

 理々がボディーガードを撒いたとか、少し目を離した隙に、はぐれてしまったとか、

 ただの些細なミスでの結果かもしれないけど――でも、もしもの話だが、


 そのボディーガードが、理々よりも優先しなければいけない事態に、

 向かっていったとしたら。


 これは、俺たちが思っている以上に、

 ただの迷子を解決すれば、それでハッピーエンド、というわけにはいかないらしい。


 不気味――なにか、裏で進行しているような、不穏な空気。


 すると、イベント会場が一つの大きな音で沈黙を作り出す。

 会場の中にあったテーブル。

 その上には料理がたくさん並べられていたのだが、

 テーブルも、料理も、一つも残すことなく全て、地面に転がるようにして落下していた。


 また、大きな音に、会場は今度は沈黙ではなく、複数の悲鳴を作り出す――、

 理々は悲鳴こそ出さなかったものの、しかし、怯えてしまっている。


 抱かれている俺だからこそ分かる。理々は震えていた。

 ぶるぶると身を固めるようにして、体を包み、

 恐怖を寄せ付けないようにして、体を小さくまとめる。


 だが、中に存在する恐怖は、体を小さく固めてしまったことで、

 逆に、外に逃がすことができずに、ずっと、体の中に存在したままだ。

 理々はその恐怖を噛みしめるように味わうことになってしまっていた。


「バツ――よく見てろ、誰が、どこでなにをしているのかを」

「……分かった」


 恋敵の反応と対応の良さに驚きながら、

 俺は少しだけ、理々の服から顔を出して外の様子を伺う――、

 そしてさっきの静けさ、

 いまの慌ただしさを作り出した犯人は、一目で分かるほどに、

 この会場では似合わない格好をしていた。


 黒いスーツで、サングラス――右手には拳銃。


 まるでボディーガードでもしていそうな格好――、

 いや、ような、ではなく、あれは間違いなくボディーガードだ。


 すると、黒スーツがいきなりこっちを向いた――、

 もしかして、俺の視線に気づいたのか? と、

 俺のせいでこちらに意識を向けさせてしまった罪悪感が残ったが、

 どうやらそうではないらしい。黒スーツはじっと、理々のことを見つめていた。


 得物を見つけた肉食獣のような目。

 サングラスで見えないけど、雰囲気でそう見える。


 というか、サングラスの中が光っているように見える。

 会場の特殊な光のせいなのか、

 しかしそんなことはいまはどうでもよく、

 目に見える危機が、すぐそこまで迫ってきていた。


 まずはその危機から逃げ出すしかない。

 黒スーツはさすがに、子供相手に拳銃を使おうとはしないらしく、

 腰に拳銃をしまって、すぐに駆け出し、理々の元へ。


 そう、俺たちの元へ向かってくる。


「理々! すぐにこの会場から出て、どっかの部屋に逃げ込むんだ!

 このままじゃ、捕まって、なにをされるか分からないぞ!」


「嘘、だよ、だって、だってだってだって! 

 あの人は、私のボディガードだもんっ!」


 だからきっと助けにきてくれたんだ、と理々は言う。

 しかし、そんなこと、あるわけがない。

 別に理々のボディガードが、あの男、というのを否定しているのではなく、

 俺が言っているのは、ボディガードではあっても、

 男はいま、間違いなく理々の味方ではないということだ。


 敵だ、絶対に。


 立ったまま動くことができない理々は、

 向かってくる男を受け入れるような体勢であった――。


 いつものように、彼に身を任せようとしているのかもしれないが、

 理々としては、それを望んでいるのかもしれないが――、

 俺は理々が、わざわざ死ににいこうとしているのを黙って見ていられるほどに、

 がまん強い方ではなかった。


 服の中から飛び出し、自分の羽で理々の頬を叩く。

 痛いのか、どうなのか分からないが、

 理々の意識は、そこできちんと取り戻すことができたようだった。


「――バツ君」


「理々、とにかく走って、この会場から出るんだ! 

 それから先はもう考えている暇はない、なるように、いけるところまでいこう!」


「そのためには、少しだけでも時間を稼ぐ必要があるよな、バツ印――」


 俺の横を通り過ぎて、恋敵が動き出す。

 とは言っても、なにも『ここは任せて先にいけ』的なことではなく、

 恋敵は、きちんと戻ってくる予定のようだ。


 恋敵はテーブルに並べてあった酒を床にこぼして、ぶちまけ、そして――、

 その酒に、どこから調達したのかは行動が早過ぎて分からなかったが、

 手に入れたマッチで、火を点けた。


 行く手を阻む火の壁が出来上がった。


「……やり過ぎじゃないのか? これじゃあ、他の人にも被害が及ぶんじゃあ……」


「そんなこと気にしている場合かよ! とりあえず逃げるぞ、早くしろ!」


 不満はあったものの、しかし恋敵の言う通りに、

 細かいところをいちいち指摘している時間など、俺たちにはない――。

 本当に命の危険を感じたのだから、他の客には悪いが、ここは利用させてもらう。

 これが俺たちの、足りない頭で導き出した最善だ。


 俺は理々の手を引いて、

 恋敵も理々の手を引いて、

 二羽分の力を足して、理々と一緒に会場から出ることに成功した。


 火のせいか、理々は少し苦しそうであった。

 だが、ここが踏ん張りどころ。

 弱音を吐いてもらっては困る状況ではある。


「お父さん、いなかった……もしかしたら、まだ部屋にいるのかもしれない。

 バツ君、恋君、私は、お父さんのところにいきたいよお……っ」


 それは、その目的は、俺たちが最初から達成させようと頑張っていた。

 でも、その部屋というものが見つからないからこそ、

 手がかりがあるのだろうということで訪れたのが、この会場――。


 そしていま、その会場は火の海と化しているし、

 理々を狙う黒スーツの男という存在も出てきた。


 色々と起こったけど、目的達成までのヒントというのは、

 さっきとなにも変わらず、困難がただ増えただけという状況である。


 このままでは行き止まり――道ではなく、

 人生の行き止まりに向かっているような気分であった。


 精神的な行き止まりに向かっているような気分でもあった。


「くそ、なんでもいい……、

 なんでもいいから、現状を打破できるような、

 現状を進ませることができるような、きっかけでも――」


 そう恋敵が願った時――、

 願いが神様に届いたのか、確実に、変化というものが起きた。

 しかし、俺は恋敵を……いや、恋敵ではなく、

 願いというものを無責任にもテキトーに、

 なにも考えずに叶えたような神様を、恨んだ。


 変化が起きて、手がかりもできて、

 ヒントも得られたようなものだが、しかし、ベクトルが違う。

 そのベクトルは、いってはいけない方向であった。


 神様は俺たちで、遊んでいるのでしょうか?


「――なに、どうしたの? バツ君、恋君、なに、よぉ、なんなの……っ」


 理々は上手く状況が理解できていなかった。

 それは良かったと言えるものなのかもしれない。

 いや、良かったと言えるものだろう。


 あの音を聞かせるというのは、あまりしたくはない俺だったので……、

 これについては恋敵も同感だったようだ。

 二人で顔を見合わせて、安堵の溜息を吐くが――まだ、終わってない。


 逆に始まったと言ってもいいだろう。


 プロローグは終わり、ここからがメインである。


 そう――、この船の中で、一か所で起こったことだというのに、

 しかし船全体にまで響いたその音は――音は、音は。


 銃声だった。


 それと同時――、

 なにかが砕けた、嫌な音が俺の頭の中に、しつこく粘り強くひっつくように、響く。

 音をきっかけにして、

 俺の意識は再び過去の世界――記憶、思い出へ、吹き飛ばされた。




 銃声と似たような音が、俺の鼓膜を突き抜けて――、

 真っ暗だった部屋は、通常時の明かりを取り戻し、

 部屋の全体を見せびらかすようにして、姿を現した。


 なにもおかしなところはない部屋。

 中にはテントがいくつかあって、その中から怪しい声が聞こえている。

 それについては、触れないようにしようと決めて……、

 となると、この部屋はおかしなところはなにもない、ということになるだろう。


 おかしなところはない――。

 おかしな『ところ』はないけど、おかしな『人』ならいる、目の前に。


「いらっしゃーい、ようこそオカルト研究部へ――、

 少し汚いけど、まあ男の子なんだからがまんしてねー」

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