expansion4 鳥鳥 その4

「――おい」と呼ばれた。


 この声は、恋敵か……、

 俺は頬をぱしぱしと叩かれて、意識を目覚めさせる。

 白い光が俺の視界を埋め、目を開けるのが少しきつかったが、

 なんとか、自分の目の前を手で覆いながら、ゆっくりと目を開ける。


 手だが、手ではない――、指がない、飛べない羽だ。

 だが、泳ぐことができる……そうだ俺は、いまはペンギンなのだった。


 なんだか頭の中がぼけっとしていたが、

 自分が置かれた状況が特殊であることは、思い出すことができた――。


 普通は、忘れないだろう……、

 仕方がないのだ、いままで俺は、

 まるで戻っていたかのように、過去の記憶に沈んでいたのだから。


 いまと過去の触れ幅についていけず、誤解を与えてしまうのは仕方のないことなのだ。

 そして、いま――戻ってきた。


 まだ――、まだまだ過去の出来事を見て、進んでいきたかったが、

 いまこうして現実に戻ってきたということは、なにかしらの理由がある――、

 と見るのが、正解に近いだろう。


 いや、特になにもない、というのも、もしかしたらあるのかもしれないが……。

 そうだとしたら仕方がない、諦めるしかないな。


 不満はある。

 過去に向けて、後悔はあるが、

 いまはいまを生きることに、全神経を注ぐべきだ。


 ペンギンの体。

 慣れていないからこそ、短い時間で色々と試し、感覚を掴むしかない。


 できるだけ人に見つからないのが理想だ……、

 見つかれば、最悪、駆除されてしまうのだから。

 いまは状況を軽く見ず、重く捉えて行動するべきだろう。


 とりあえず、ここから先は、人がいる――、

 話し声が聞こえてくるから、誰もいない、ということはないだろう。

 その方が助かる。どこになにが潜んでいるのか分からないよりは、

 そこにいるのが敵だとしても、分かっているというのは、大きな目印になる。


 心構えの違い、というやつだ。


「さて、音を頼りに人の目を避けて、避けて、どこか部屋に入れればいいんだけどな――、

 そう上手くいくわけはないか。

 客室に入って、そこを使っている人間の荷物を漁り、

 使えそうなものを奪っていくってことを計画してたんだけどよ――」


「いいんじゃないか? 

 俺もそれがいいと思う――ちょうど、そこに半開きの部屋があるしな」


 え――? と、

 俺の言葉に、恋敵が俺の方を二度見して、

 それから俺の視線を追う。


 恋敵と俺が見ているものが同じものになり、

 半開きの扉、俺たちの体、ぴったりの隙間の部屋がある――。


 まるで、誘われているかのような開け方ではあるが……罠、ということはないだろう。

 それを信じて、俺と恋敵は、目を見て顔を見て、頷きあってから、

 そして、さささっと早足で進み、部屋の中へ入る。


 部屋の中は無人だった。

 だが、俺たちの目的と言える荷物は、きちんと置いてあった。

 部屋の持ち主は、ここではないどこかに出かけているらしく、


 話し声が聞こえ、壁越しでも分かる騒がしさから、

 もしかしたら大広間でイベントでもやっているのかもしれない。


 だから時間をかけても、恐らくは大丈夫だろう、と、

 軽く見るのは危険か。もしかしたら、ただ単にトイレにいっているだけ……、

 あと数分もしたら、この部屋に戻ってくる、ということも、充分にあり得るのだ。


 あまりのんびりはしていられない――、

 怠けるのは、することをしてからだ。


「とりあえず、このカバンを開くしかないよな……、

 いまのところ、発見したのはこれしかないわけだし」


「そうだね――、開くのはいいけど、気をつけろよ、

 荒らした形跡が残るのは、仕方のないことだけど、

 抑えられるのなら抑えたいところではある」


 分かってる、と呟いて、恋敵がカバンを持ち上げ、逆さまに――。

 重力に従い、中に入っていた荷物が、地面へ落下。

 耳を塞ぐまではいかないが、顔をしかめてしまうほどには、不快な音が鳴る。


 貴重品はさすがに持っていったらしく、俺たちみたいなことをするやからを、

 想定でもしていたのか、大事な物を盗まれないようにするための準備はよくできていた。


 貴重品が無くなっているせいか、カバンの中に入っていたのは、

 ったところで特に使い道がないものばかりで、

 俺と恋敵も、この結果には喜ぶことができない。

 散らばった荷物を黙って眺めているだけであった。


「ま――そりゃあそうか。

 部屋に鍵をかけることは、できそうなものだが、

 もしかしたら鍵はかけられるんだろうけど、部屋の持ち主は、鍵をかけていかなかった。

 これは、入ったところでなにも盗られる物はない、盗られたところで、

 大したダメージはない、ということだったのか。


 おかしいとは思っていたけどな――あんな、

 入ってくださいと言わんばかりに少しの隙間を開けて、そして不在なんてよ」


 やられたぜ――と、恋敵は相手を賞賛するように言う。


 しかし、俺は少し気になることがあった。

 部屋の持ち主の準備は充分で、貴重品を持っていくという対応は素晴らしい、

 と言えるものではあるけど、

 じゃあ、そこまで徹底していたというのに、


 なぜ、扉が半開きだったのか。


 まさか、忘れていたなんてことは、あるまい――。

 もしかしたら俺たちみたいな盗人ぬすっとを捕まえるために、あえて、

 という可能性もあるけど、いまこうして俺たちを捕まえに出てこないというのは、

 明らかにおかしい。だから半開きの扉……、これはただ単純に、

 なんの意図も、作戦も、策もなくて、偶然と言うべきか……?


 俺がさっき導き出した、もしかしたらの選択肢――。

 持ち主は、トイレにいっているだけなのかもしれない……?


 ということは。


 そろそろ、部屋の持ち主が帰ってきても、おかしくはなくて――、

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