expansion3 鳥鳥 その3

 見た目から判断して先輩だと思うので、一応、敬語で話しかけてみた。

 名前から、予想がつくサークルだが――たとえば、漫画とかでよく見る設定ではある。

 しかし、活動内容の詳細を言えと言われたら、

 間違いなく黙ってしまうくらいには、得体のしれないものだ――、


 というのが、俺の中での認識だった。


「見て分からない?」


「はい、まったく。

 意味が分からないです、不気味です、お化け屋敷がお似合いの衣装ですね」


「あはは、お化け屋敷でこの格好したことあるけど、

 ぜんぜん怖がってくれないんだよね。

 なんだか、格好いいとか言われちゃって。

 こっちは怖がらせようとしているのにね」


 嫌な思い出、だったのだろうか。

 先輩は落ち込んでいるようで、

 俯きがちに、派手な動きをしなくなった。


 静かになったのはいいことだけど……あと、気になることがある。

 いままでずっと、俺の隣にいるのにもかかわらず、

 まったく話すことなく黙っている男が一人。

 恋敵は俺の背中を壁代わりにして、先輩の視線から逃げていた。


 苦手だというのは知っていたが、まさかここまで苦手だとは……。

 長い付き合いではない、短い付き合いである俺は、普通に驚いてしまった。

 人見知りというか、このレベルになるともう、

 コミュニケーション障害の域に入ってしまうレベルではある。

 こんなことで大丈夫なのだろうか、恋敵は。


 だって、相手が女性、だとは言っても、マスクをしていて顔は見えないし、

 女性的な要素は、だいぶ少ないと言える。

 あるのは声だけで――まさか、女性の声だけでも緊張してしまうのだろうか。


 だとすれば、難儀な人生を送ってるよなー、と他人事のように言ってみる。

 他人事は他人事だが、俺からすれば他人事ではなく、

 あいつは俺の親友なのだ……、独占したいのだ。


 独占。

 俺は恋敵のその弱点さえも、独占したいのだった。


 うしろで固まっている恋敵を、なるべく目の前にいる先輩の視界に入らないようにと、

 俺は恋敵と先輩の間に挟まるように位置を取って、話を続ける。


「お化け屋敷の件は、まあ残念でしたね――、

 で、俺、いや、僕たちに話しかけてくれましたけど、なにか用ですか?」


「俺でいいよ俺で。遠慮は私の大嫌いな態度だから――、え? 

 というか、聞いてなかったの? 

 さっき言ったじゃないの。

 二人とも、このオカルト研究会に入らないか、ってさー」


「オカルト研究会……」


「あ、なんか不安そうな目だね……、

 分かるよ分かる、私だって最初は躊躇ためらったもん――、

 こんな、なにがどうなっているのかまったく分からない、

 おかしな組織に入るかどうか、迷ったもん。

 一週間、みっちりと悩んで、

 最終的に面倒くさくなって、ここでいいや――で入ったんだけどね」


 悩んだ結果の結論が出ないまま、

 自分なりの納得がないまま進んでるじゃねえか。

 それで、いまの彼女の状態が出来上がったというわけか。


 なんだか、間違った選択をしてしまった結果のようにしか見えない。

 失敗作を見ているような気持ちになってくる――、

 彼女からすれば、いまの状態は成功かもしれないけど、

 俺からすれば、完全に失敗作であった。


 大学で、しかもイベントでもなんでもない普通の日に、

 こんな格好をできる人間を、普通とは言えないだろう――。

 優良とは、とても言えない……完全に不良だ。

 不良は不良でも、まだまともな分、質が悪い不良ということだが。


 まだタバコとか、麻薬とか、万引きとか、暴力とか――、

 そういう分かりやすい『悪』ならば、こっちとしてもやりやすかったが、

 彼女のような、悪とも言い切れない悪は、どうにもやりづらい。


 悪とは言ったものの、俺からすればの悪であって、

 世間一般で言えば、まったく悪ではないのが、彼女なのだ。


 俺の味方は、いないに等しい――、

 恋敵は味方をしてくれそうなものだけど、

 したとしても二人、まったく勝てない……負け試合になるだろう。


「まあ、そう悩むことはないって。

 二回も三回もきてとは言わないよ。

 こういうのは一回で充分っ。だから一度でいいの、きてきて、二人とも!」


 俺と恋敵の腕を無理やりに取って、

 先輩が俺たちを校舎の中へと引っ張っていく――。


 まったく抵抗できなくて、これは先輩の力が強いのか――、

 いや、強いというよりは、扱いを知っているような感じだ。

 動きを封じる手を知っている――慣れているような手際だった。


 抵抗できないままに、俺たちは校舎の中まで連れ込まれて、

 ここまでくればもう、逃げることはできないな、と溜息を吐く。


 逃げることができたとしても、逃げ切れることはできないだろうなと悟る。

 こうなれば、損はできるだけしないように。

 ここは後ろ向きに考えるのではなく、前向きに考えることにしよう――と、


 オカルト研究会に、少しの期待を抱く。


 ないにも等しい、限りなく少ない期待を抱くしかないか。


 そんなことをしていると、

 前を進んでいた先輩が、うしろを振り向き、急に立ち止まる。


 いま言う? と言いたくなったが、こういう先輩なのだろう。


「そういえば、自己紹介がまだだったね。

 私は箱戸はこどしゃち、君たちよりも一つ年上の先輩だけど、

 でも、敬語とかは必要ないからね。私は遠慮という態度が気に入らないから」


 いや、敬語は、遠慮というわけではないが……、

 年上を相手にすれば、自然と口調はこうなってしまうものだ。

 だから、遠慮しているわけではない。


「……派閥木はばつき指数しすう……、昔から、『バツ印』とか、『バツ』とか、

 呼ばれてるんで――、別に好きな呼び方をしてもらって構わないですけど、

 できれば、いま挙げた名前で呼んでもらえると助かります。

 反応が少しだけ早いので、俺としても先輩としても、いいことだと思いますしね」


「君がそう言うのなら、そう呼ぶことにするけど――、

 そうだねえ、バツ印もいいし、バツもいいけど――あ! ――そうだっ! 

 バツ君、ってのはどうかな? 

 バツ君……、君が挙げた名前の『バツ』に、『君』をつけただけの、

 すごく簡単な付け足しの技なんだけど、どうかな――満足かな? バツ君?」


 嬉しそうにはしゃぐ先輩を見て、

 俺の中で先輩に抱いていた不気味さが、ほとんど取れたような気がした――、


 マスクのせいで表情は分からないし、

 そもそも、どういう顔をしているのかも分からないけど、

 マスク越しでも分かるのが、いまの先輩は間違いなく――笑顔だろう、ということだ。


 子供のようにはしゃいでいる。

 大学の中ではとても見れない光景だった。


 もしも見れたとしても、ほとんどが見ていて、痛々しい結果になることは確実だ。

 しかし、先輩はなんとも似合っていた――、子供っぽいのが、似合っていた。


 体はそのままに、精神だけが幼児化したみたいな先輩――箱戸鯱先輩。

 先輩の言葉に俺は、自然と微笑んで、答えを返していた。


「いいですよ、それで――。

 呼び方なんてのは、なんでもいいですからね」


「それじゃあ、その先輩って呼び方、私は嫌いだからさ、気軽に鯱って呼んでいいよ。

 これから一緒に活動するサークル仲間なのに、先輩はおかしいんじゃない?」


 いや、おかしくはないだろ。

 別に、先輩と呼んでいる後輩だっているだろうし、

 あだ名で『先輩』と呼んでいる生徒だって、いるだろうし。


 変なことではないだろうけど、先輩の方――、鯱先輩は、

 そこを譲る気は、まったくない様子だった。


 必要以上に、俺に名前を『呼び捨てにしろ』と言ってくる。


 脅すようにして、命令してくる。

 先輩命令だ、とか言ってくるのは、なんだかおかしなものだな、と思ったが、

 あちらも意地なのだろう……、退く気はなさそうだ。

 とすれば、こちらが退くしかない。

 年上の女性のわがままを、聞いておく練習をしておくのも、悪くはなさそうだ。


「それじゃあ――、

 恥ずかしいですけど、鯱って呼ぶことにしますね」


「それでいいのよ。最初から、それで呼べばいいのよ。

 良い子良い子、これであなたは私のものよ……ねえ? バツ君」


「…………」


 この時、些細なレベルで、鳥肌が立った。


 この時はまだ、人間の肌だったけど。

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