case15 純粋な花
花瓶に突き刺さった緑色の茎の先っぽには、桜色の花弁がくっついていた。
四枚が重なり合い、真ん中には花粉を付着させる、ミツバチを誘う誘惑の紋章。
僕は水を取り替えようと、茎を花瓶から取り出した。
窓辺に茎を横向きにして置き、中の水を捨てて、新しく水を補充。
花瓶の四分の一くらい入れてから、再び茎を持ち、花瓶に突き刺した。
「どうですか、お嬢様」
「うーん、いいんじゃないかしら」
茎の先っぽ、桜色の重なり合った花弁の中から、
もそもそと出てきたのは、小さな少女だった。
ふああ、とあくび。
僕に水を取り替えろと言っておきながら、自分は眠っていたのか。
……態度が大きい。僕がいなければすぐに枯れてしまうというのに。
「ふふっ、あなたに、わたしを枯らせることができるのかしらね?」
「そういう人の優しさと罪悪感につけ込むのはやめてくださいよ」
いつもそうだ。この部室には僕しかいないからと言って、
かなりの頻度で顔を出しているのは、危ないのではないだろうか。
「いいのよ。あなたがいま言ったじゃないの。
この部屋にはあなたしかいないのだから」
まあ、そうだけども。
ここは園芸部で、僕しか部員はいない。
顧問の先生も顔を出すことがまずないから、僕と彼女、二人きりの空間だった。
僕は人間で、彼女は花という、奇妙な関係だったけど。
「みんな、花が嫌いなのかしら……入部希望者が全然こないじゃないの」
「まあ、人気はないでしょうね。みんな、運動部にいきますよ」
「あなたは? どうして園芸部なの?」
運動部は嫌いだ。あの熱血な感じが嫌いだ。
上下関係も嫌いだし、だから部活案内で部員が一人もいなかった、園芸部を選んだだけだ。
……まあ、寂しそうに花瓶の上で黄昏ている彼女を見てしまった、という理由もあるけど。
理由を嘘偽りなく言うことはできる、けど、言えば、からかわれるだろうし、
同情、は、しないだろうけど、空気が重くなるのは目に見えて分かっている。
だから、冗談半分で、思いついた言葉を彼女に振ってみることにした。
「君がいたから。
一緒にいたいから、ここを選んだんだよ」
かたんっっ、と花瓶が揺れ、倒れそうになった。
僕は慌てて、花瓶を支える。
どうして、揺れたんだろう? 彼女が、動揺して?
「――な、ななな、なにを言っているのよ、あなたはっ!」
「え、なにって――」
「そんな、破廉恥な――」
破廉恥かな?
いつも大人ぶっていて、なんでも知っていそうな彼女の、初心な反応を見れた。
なんだか、すっごく――可愛かった。
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