case14 突然の殺し屋

 殺し屋、と判断するには、分かりやすい凶器を見つけなければならない。


 分かりやすく言えばナイフだったり、拳銃だったり。

 絞殺のためのロープだったり。

 それが目に見えなければ、現れた相手が、殺し屋かどうかなんて分からない。


 曲がり角でぶつかりそうになった、食パンを咥えた遅刻しそうな少女も、

 たとえば彼女が殺し屋だったとしても、分かりやすい凶器を持っていなければ当然、

 ただの女子高生としか思えない。


 だから殺し屋が目の前にいても、それが殺し屋だと判断できない。


 認識一つ、出会いがなければ、遭遇したと、結果には現れない。


 じゃあ逆に。

 凶器を持ってさえいれば。

 

 それは殺し屋だと判断できる。



「っ」


 ナイフを持った男を見つけた。

 相手はこっちを見ている。じっと、見つめている。


 その瞳は真っ赤に染まり、敵意と殺意を振り撒いている。

 狂気を滲ませている。


 咄嗟に、私は後ろを向き、背を向け、駆け出した。

 しかし、ちらりと見えてしまう。


 さっきの男が、今度は右の方向に、見えた。

 民家の塀の穴から、運悪く、見えてしまった。


 恐怖が、足を止めた。


 すぐに進行方向を変える。


 真逆の方向へ、全速力で走る。

 ぜえはあ、と息を切らしたところで、見えてしまう。


 見てしまった。体が震える。


 男がいた。

 手に持つ凶器が、増えていた。


「くぅっ、そッ!」


 逃げても逃げても追ってくる。追いついてくる。

 なぜか間合いには入ってこない。

 遠くから観察するように、ぴったりとくっついて、距離を離さない。


 ……なにかで、見たことがある。

 生物の旨味がよく出るのは、恐怖した時、だと。


 じゃあなにか? あいつは、同じ人間である、私を。


 追いかけ、殺して、食べる――のか?


 同じ人間を。

 狂気的、だった。


「ふざけ、るな……っ!」


 恐怖することが相手の思う壺ならば、じゃあ、恐怖することをやめればいい。

 しかし、そう簡単にできるものでもない。植えつけられた恐怖は振り解けない。


 とある廃墟へ向かう。


 バリケードを破り、上る。


 立て付けの悪いドアを蹴破り、私は屋上に出る。

 柵に背を預け、唯一の入口である扉を見つめる。


 ――くるなら、こい! ここで、決着をつけてやる。


 しかし――、


「…………こない」


 音がない。

 吹く風しか、音がない。


「諦め、た……?」

 

 こんな、簡単な、ことで?

 安心しても、いいのだろうか……。



 それから三十分、一時間……、


 じっくり待っても、殺し屋はこなかった。



 もう、大丈夫だろう。

 私は安心した。そして、屋上から出ようと足を踏み出した。



 首に、異物感。


 ころん、と呆気なく、私の首が落ちた。


「がぇ……?」


 唯一の入口。

 その前提が間違っていた。



 屋上。


 柵。



 殺し屋が入ってこれる場所は、扉だけではない。

 この青空、全て。


 廃墟の壁を両手で登り、殺し屋は私の後ろにいた。

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