case13 アパートの男の子

「おいおい、起きろよー!」


 私を呼ぶ声が聞こえてくるが、まだ眠いので、布団から出ることはしない。

 それを諦めと取ってくれればいいと思っていた私だけど、

 どうやらあっちは、諦める気がないようだ。


「もう朝なんだけどなー。目覚まし時計、壊してるし……どんな握力なんだ?」


 え? そうなの? 私、目覚まし時計、壊してた?


 無意識。

 怖い怖い。そんな握力が、私にあったなんて、まったく知らなかった。


「つーか、起きろよこら。てめえが昨日、起こせっつったんだろうが」

「うう、ん」


 そんなこと、言ったのかどうかは、私自身、覚えてないけど、

 こいつが言っているのだから、そうなのだろうな。


 仕方がない。私は今日も仕事だ。明日も仕事だ。明後日も仕事だ。

 ここで休んでいると、仕事にいく気が無くなってしまう。

 仕方がない、布団から出るか。


「ああ、うん。起きる」

「ったく。さっさと起きろよな。俺もいかなくちゃいけないしよ」


「どこに?」

「どこにってお前、仕事だよ」


「ああ、そう。いってらー」


「じゃあ、あとはコイツに任せたから。あとはそいつに頼めよ」

「へ?」


 そう言って、私を起こしてくれていた男の子が、部屋から出ていった。


 すると、入れ替わりに、違う人物が入ってきた。


 私の目がおかしいのかどうなのか分からないけど――、同じ外見にしか見えないんだけど。


「やあ、それじゃあ、いつも通りに食堂にいこうか」

「は、はあ」


 さっき仕事にいくとか言って、仕事に向かった子と外見がまったく一緒だった。

 けど、言葉遣いというか、なんというか。

 キャラって言うのかな? あとは迫力。そういうのがまったく違っていた。


「どうしたの?」

「いや、なんでもない」


 そう答えて、私は部屋を出る。


 そして向かった先は食堂だった。

 ここはアパートなんだけど、朝昼夕は一緒に飯を食べる、というルールらしい。

 住んでいるのは二人だけだ。


 目の前には、一人の男の子と、私だけ。


 だけど、書類上では、

 このアパートには私を入れて、七人が住んでいることになっている。


 不思議な感覚だ。

 そうだ。思い出してきた。


 さっきは寝ぼけていたために、少し驚いてしまったけど――、

 目の前にいる子は、今は中学生くらいの子なのだろう。

 で、さっきの大学生くらいの子――、


 二人が、入れ替わっただけなのだ。


 人格が。

 二重人格。


 いいや、六重人格の持ち主。


 それが、目の前の男の子だ。


「あ、そういえば、大家さんが家賃を早く払えって言ってたよ」


 中学生の子にそう言われると、なんだか変な気分だ。


「分かった、払うって言っといて」


 味噌汁をすすっていると、


「先月分も払えよ」


 中学生の子ではなく、目の前の子の人格が――、大家さんに入れ替わった。


「……いきなり変わらないでくださいよ」

「仕方ないだろう。こういうものなんだ」


「はあ」


 頷くことしかできなかった。

 他人の体質にどうこう言うつもりはないけど、どうにも慣れないなあ、この人は。


 いや、この人たちは、か。


 この人たちは、兄弟というわけではないらしい。

 なんだか、ごちゃごちゃ。

 他人同士なのに、一つの体の中に入っている、よく分からない感じだ。


 彼らも分かっていない。

 私も分からない。


 これが、私の住むアパートの男の子たちだ。

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