case9 右隣のそいつ

「結婚してくれ」


 やっぱり、プロポーズと言ったらこれだよなあ――、

 しかし、普通過ぎやしないか?


 だからと言って、変化球を狙う、というのも恐い。

 やはり安定でいいのではないか。


「そんな普通の言い方じゃ無理だよ」


 大学の授業中、右隣のやつがそう言ってきた。

 それにしても、なんで心の中で思っていることが分かったんだ? 

 もしかして、声が出てたか?


「だって、結婚してくれ――って、言ってたし。誰だって気づくぜ、そんなのよ」

「そうか、聞かれていたのか、恥ずかしいな」

「いや、まったくそんな顔してないけど、お前」


 まあな。聞かれたところで、だしな。

 しかし、普通普通、と言ってくれるが、これ以上のものなんてなくないか? 

 あるのなら聞かせてほしいもんだぜ。俺よりも、すっっっっっごく良い案をな。


「じゃあ、お前の案を聞かせろよ」

「おお、いいぜ。なにも、プロポーズってのは言葉じゃなくてもいいんだよ」


 おお、なんかそれっぽいな。

 コイツ、言うだけの器はあるんじゃないか?


「例えばなんだ?」

「例えばか。本当に例えばだが――もうタキシードを着て待ってるとかな」


「変なプレッシャーを与えないか? それ……」


「いいんだよ。プレッシャーを与えるのが目的だ。

 そこまで準備してますよ、と思わせれば、それでこっちの勝ちだ。

 相手も断れないだろうさ」


「いや、確実に引かれると思うぜ、それ」


 というか。

 俺が嫌だわ、そんなん。


「さすがに言葉はないとなあ」

「そうか」


 右隣のやつは少し考えた振りをして――、お、名探偵みたいだ。

 なにか良い案でも浮かんだのか――、あ! と声を出す。


「俺と一生一緒にいてくれ。

 結婚してくださいよりはマシだと思うが」


「まあ、それは、なあ」


 それはそう思うけど。あんまり変わらないような……。


 俺自身、そんな答えが出なかったので、あまり強くは言えないが。

 それにしても、コイツはそれなりの案を出してくる。考えが柔軟なのかもしれないな。


「で、お前、結婚でもすんのか?」


 いきなり聞いてきた。

 いきなりと言うほど、いきなりでもないが、

 確かに話の流れとしては、ここにいきつくのは、決定事項みたいなものだけど。


「いや、結婚したいなあ、とは思っているけど」

「じゃあ早めの方がいいぜ。婚期を逃すとやばいから」


 言えない――、コイツには本当のことは、言えない。


 話をうまく逸らせることができればいいのだが――、うわぁああああ!?

 コイツの目が、キラキラ光ってるぅううう! 

 これって、なにかに期待してる目だよぉおおおおっ!


 こうなったら覚悟を決める――、しか、ないのかもなあ。


「で、誰なんだよ? 

 もしかしてここの大学にいるのか? お前の彼女?」


「いや……」

「なら他の子か。可愛いか? 可愛いのか?」


 そりゃあ、可愛い――けど。


「誰なんだよ、教えろよ~、お前と俺の仲じゃないか」


 どんな仲だ。出会って数分じゃないか。


「えっと」


 はぁ。


 仕方ないか。


 良い案を出してくれたお礼だ。お前にだけは教えてやるよ。


「コイツ」


 俺はそう言って、

 ポケットに入っていた携帯ゲーム機を取り出して、言ってやった。


「ラブ〇ラス」

「……」


 沈黙。

 目を逸らされた。


 ――お願いです。

 せめて、なにかを言ってくれませんかねえ!?



 それっきり、右隣のやつと出会うことはなかった。

 

 ちなみに結婚できたよ。

 ああ、あいつの言った方法じゃなくてね。

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