case7 生きがい少女

「君はなんのために生きているんだい」

「なんだ、いきなり」


 俺の隣にいる幼馴染の少女が、そう聞いてきた。

 なんだよ今更、しかも深そうな言葉を使いやがって。

 そんなこと、分かるはずないじゃねぇかよ。


「さあな」


 俺はテキトーにそう言った。


「それはダメだね」


 なにがだ。


 彼女が、俺の目をじっと見てくる。

 彼女の目を見て、まるで吸い込まれそうな感覚に襲われた。


 全てを見通しているかのような瞳。

 全てを、暴かれていそうだった。


「生きるためには目的がなくちゃ。

 じゃないと、全てにおいてつまらなくなってしまうよ。

 例えば、君だったらスカートめくりを生きがいにでもすればいいんじゃないかな? 

 考えてごらん。意外におもしろうだし――ね。生きる希望が湧いてきたでしょ?」


「ならないよ。やだよ、そんな生きがい。

 男としては確かに魅力的ではあるけど。だとしても嫌だわ。

 あのさ、お前、逆に考えてみようぜ? 

 お前が男のパンツを見るために、試行錯誤するというのが生きがいだったら、どう思う?」


「死にたくなるね」


「今、俺の気持ちはそれだ」


 彼女は確かに――と頷いた。


 おい。


「まあ、確かにそれは言い過ぎかな。他の案にしよう」

「もっとマシなのを頼む」


「君には、夢はないのかい?」

「ないな」

「話が終わったね」


 と言っても。


 夢なんて、ない。

 昔、子供の頃だが――、ヒーローになりたいと思ったことはあるけど。


 今も同じ夢だったら引くぜ? 


「確か、子供の頃は……ヒーローになりたいとか言っていなかったか?」


 なんと鋭い。というか、よく覚えてやがるな、お前は。


 そういや、記憶力は良い方だったな、コイツ。


 勉強もそうだが、基本的に彼女は賢い。

 全てを見通しているような瞳というのも――、本当に見ているのではなく、

 色々な推測や情報を合わせて、答えを導き出している――というのが本当だろう。


 素直にすごいと思う。

 まあ、変なのは変わりないが。


「なら、やりたいことはないのかい?」

「やりたいことね」


「ちなみに、わたしは教師になりたいね。そのために勉強をしてる」

「それは初耳だな。いつから決めてたんだ?」


「ずっと前からさ。だから、わたしは生きがいというものをみんなに教えたいんだよ。

 君にも、これから生徒になるであろう子達にもね」


 いいよな。夢があるってのはよ。

 俺にはなにもない。

 なにもないんだ。


 それって、生きる意味がないということではないのか?


「生きがいがないというのなら――、わたしが示してあげようか? 

 大きなお世話だと思うが、つまりは、きっかけが大切ということなんだから」


 ――きっかけね。


 そこから始めるというのも、悪くはないだろうな。


「いいよ。お前が言う、きっかけとやらを、ありがたく受け取ろうじゃないか。

 で、なんなんだ?」


「君はわたしと結婚すればいいよ」


「は?」


 ごめん、聞き取れなかった。

 それとも俺が理解できなかっただけなのか?


「何回も言わせないでくれ。つまり、ようするに、結婚しようというわけだ」


「話がぶっ飛んでないか?」


「でも、きっかけにはなっただろう? 

 わたしに嫌われないために、がんばって自分を磨いてくれ」


 ……ほお。

 やってやろうじゃないかよ。


 彼女は最後に微笑んで、その瞳を俺に向けてきた。


 そして、言う。


「ま、わたしが君を嫌いになることなんてのはこれから先、

 未来永劫、あるはずないのだけれどね」

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