case6 医師の意思

「はい いいですよ」

「どうも」


 目の前の女性が僕の胸に聴診器を当て、なにか分かったのか――、

「うむ」と頷いた。


「ガンですね」

「ええ!? ちょっと待ってくださいよ!」


 そんな気配、まったくなかったじゃないですか! 

 僕はせめて、どうにかならないか――聞いてみる。


「どうにかならないんですか……?」

「ならないですね」

「諦めが早いわ!」


 それでも医者ですか!?


「いや、まあ、医者なんだけどさ、ほら、万能ってわけじゃないし」


「でしょうねぇ。それを踏まえたとしても、

 一応は医者なんですから、僕を安心させてくださいよ!」


「でも、治らない病気を、治る――と言うのもねぇ」

「なんでそんな現実的なことを! しかも治らない? ええっ!? 不治の病!?」


 映画とかでよくある展開だから知ってはいるけど――、

 いざ自分がかかってみたら、全然、現実味がないんだけど!


「じゃあ、お薬出しておきますねー」

「軽い! ノリが軽過ぎる! ガンだって自分で言ってたじゃん!」


「え? いや全然、軽い方のガンですから大丈夫ですよ?」


「それなら別に――って、いやいや!? 

 ガンっていうだけで、僕としてはかなり不安なんですよ!」


「大丈夫ですよ」


 なんだ、やけに自信満々に言うじゃないか。

 目の前の女性は、握り拳を作って、それを僕の胸に、とんっ、と当てた。


「あと、一年の命ですから」


「テンションを統一してくれませんかねぇ!? 

 そこはもっと深刻な感じで言うべきではないんですか!?」


「じゃあ――」

「やらんでいいっ、やらんで! 

 そんな、言われたからやってみました、的な演技はいらないから!」


 ちぇー、と女性が溜息を吐く。

 そんな場合ではないでしょうに。


 と、そんなことを考えている余裕があるということは――、

 僕も案外、余裕なのかもしれない。


 だって不治の病。言われたところで――、全然、本当だなんて思えないのだから。


 実はこの女性が言った嘘なのではないか? 

 そんなわけはないだろうと思うが、やはりその可能性を考えてしまう。


「どうしますか? 不治の病をかかえて、このまま死ぬのを認めますか?」

「どうしろって言うんです?」

「とりあえず」


 そう言って、女性が僕の手を握ってきた。

 なにをする気だ?


「ガンにも、原因というものがあるんですよ。

 火事だって、火がついた理由というのがあるでしょう?」


「そりゃあ、まあ」


 当たり前のことだしな。


「それを防げば――今のあなたのガンは消える――、そうは思いませんか?」


 確かに、そうはなるけど。

 だからと言ってどうしろと――、


「飛びましょう」

「どこへ」


「過去へ」

「どうやって」


 女性がニッコリと笑った。

 僕の手を握る力を少しだけ強くして――、


「さて、いきますか。

 色々と、こっちにも事情がありまして。

 未来ではあなたが、色々と大切な人なんですよ。

 だからここで死んでもらっては困ります。

 あなたを生かすのが、わたしの使命ですからね」


 色々と聞きたいことはあったが、まあ、それは置いておいて。


 僕は過去に飛ぶ。

 自分を救うために。


 それが結果的に、

 世界を救うことになることを――、僕はこの時、知る由もないことだが。

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