csse5 巡る経歴
私には経歴がない。
なぜかは、知らない――もしかしたら記憶喪失なのかも。
それとも私自身が、経歴を消したのかもしれない。
私は私のことが分からない。手がかりはなにもない、はずだった。
「なにもないとほざいているけど、本当にそう思うのかな?
君のいちばん近くにいたのは僕だっていうのにねぇ。
知ってるよ、僕は君のことも、なにもかもをね」
いきなりだった。
歩いていて、曲がったらぶつかった――、それほどに、いきなりだった。
私を知っている? それに、なにもかもを、だって?
「私を知っているの? 私はなんだっていうの?」
「知ってることを話すのは簡単だよ。人間が生み出した言葉――、というものを、
最大限に利用すればいい。ただそれだけのことで、君は真実を見つけることができるさ」
彼女は、「でも」と区切って、
「知りたくないから、君は記憶から事実を抹消したんじゃないの?
それを僕が、簡単に教えていいものか。どうだか、ねえ――。
本当にいいのかい? いいと言うのなら、好きなだけ言うけどね」
「理屈をこね回していないで、さっさと言って」
「君がそう望むなら」
彼女が、うん、と頷き――、
ドン! と、胸の辺りに灼熱の感覚がきた。
刺さってる? なにが? 見れば分かる。――ナイフだった。
「あ、え……?」
信じられない。今のこの状況で、事態を理解できるのか?
できるというのなら、そいつを連れてきてほしいくらいだった。
痛い。
痛い。
でも。
それはすぐに消えてなくなった。
あり得ないはずだ。記憶がない私にだって分かる。
――ナイフで胸を刺されて、無事なわけ、ないのに。
でも、現状では――、私の胸に刺さったナイフは、いつの間にか、
じゅわっ、という音を立てて消えていた。
いや、消えていたというよりは、溶けて水分となり、真下に落ち、蒸発したんだ。
それを一瞬で、だ。
もう分かった。彼女は、私に真実を教えてくれたのだ。
つまり――、
「君は、人間じゃない」
驚きはなかった。
ここまでされて生きているものを、人間、という枠に収めたくはないだろう。
それは普通で、一般的な、ものの考えなのだ。
「君は――化け物さ」
「それが、私の、経歴……」
「そう。人間ではない異質のなにか。
化け物。そして、僕はそんな化け物を殺すもの」
彼女がナイフに手を添えて――、ナイフの形が変化した。
長い、長い、日本刀に。
「君を探していた。そして殺すために。
生まれ変わっても、何も変わらない」
日本刀を私に向けて、走り出す。
切っ先が、私の心臓を突き刺し、貫いた。
私だって――このまま死ぬわけにはいかない!
「やっと分かったんだ、自分が何者かだってことが!
このまま死んで――たまるかあっっ!」
「無理だよ」
彼女は、言う。
「経歴ってのは、今までのこと――過去と言ってもいいね」
それ、どういう――、
「僕が君を殺すことは確定している――、
それは、僕と君の――女同士の経歴なんだからね」
巡り巡る。
また同じように。
私達は殺し合う。
それが、経歴。
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