case2 お茶の兵器

 対談の席、差し出されたのはお茶だった。

 だったのだが、しかしこれはお茶なのだろうか?


 お茶とも言える。

 けれど、違う面から見れば、お茶ではないとも言える。


 判断が難しいところだった。


「おやおや、どうしたのですか?」

「いえ、なんでもないです。それにしても、珍しい……いや、不思議なお茶ですね」


 ほっほっほ、と人を小ばかにしたような態度で笑う対談相手。


「不思議とは? 一体どういうレベルでの、不思議なんでしょうかね?」


「どういうレベルで、ですか」

 俺はそう言って、差し出され、テーブルの上に置かれたお茶を掴んだ。

「どういうレベルで、と言われましても」


「だとしたら、そこまで不思議に思ってはいないのではないですかな?」


 そうなのだろうか。

 確かに今、この瞬間だけの疑問なのかもしれず、

 少し時間が経てば、忘れているくらいの不思議でしかないのかもしれない。


 その程度のことを、今ここでわざわざ詰めるというのも、馬鹿な話だと言えなくもない。


「……申し訳ない、くだらないことを言ってしまって」


「大丈夫ですよ。それじゃあ、本来するべきだった話でもしましょうか。

 少しずれてしまったようですのでね」


「ええ」と、俺はお茶を置いて、対談相手の方に意識を集中させる。

 しかし、どうにも目線がちょくちょく、このお茶に向いてしまう。


 正常じゃないのは確かだ。たかがお茶、けれど、お茶だ。


 異変なのだが、どっちなのだと疑問が生まれる。


 俺がおかしいのか、それともお茶がおかしいのか。


 自分を信用できるというのならば、お茶がおかしいと言えるのだが、

 俺は自分のことが信用できない。

 自分がおかしいのではなく、おかしいのはお茶だと言えればいいのだが、

 残念ながら、そんなことを言えるわけではなかった。


 クソ。惑わされている。誘惑されている。

 見ないと心に決めているのにもかかわらず、

 俺の視線や意識は全て、このお茶に向く。なぜだ。なにが起こっているんだ?


「どうですかな」

 不意に言われて、俺は視線をお茶からはずした。

「このお茶、どうですかな」


「どうですかな、とは」


「おもしろいものでしょう? キミはずっと、視線を奪われ続けたままだ。

 それはコイツの力、ということになるのだがね」


 不思議な、力。それがお茶にあると、目の前の男は言った。

 だが、はいそうですかと信じられるほど、俺のガードは甘くはない。


 しかし、目の前の男が嘘を言っているようにも見えない。


「目を惹きつけるというのは強力だ。

 こういう場面、集中しなくてはいけない場面で意識を操れるというのは、

 相手に本来の実力を出させないことであって、

 これはもう、兵器と言ってもいいくらいなんだよ」


「兵器? こんな、お茶が?」


「こんなお茶が、だ。

 お茶だからこそ、君は信じることができずに、油断もしたのだろう?」


 それを言われれば、返す言葉などない。


 にしても、これがあの兵器。

 日常的に使うだろう、警戒をまったく抱かない用品に視線を引き付ける、新たな技術、

 と言ってもいいのかは分からないが、この兵器がもっともっと増えれば――、

 また違った争いが生まれるかもしれない。


 油断できない。

 この男、逃してはならないだろう。


「しかし、だ」


 男は腕を上げ――、


 なに!? いないだと!?


「まさか」


 俺はお茶に、気を取られた。

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