05話.[気をつけないと]
「あぁ~、なんなんだあの子は……」
普通、あんな普段は見せないところを見せながら僕を誘う?
……恥ずかしくないのだろうか、もしかして経験豊富とか?
裏ではめちゃくちゃ誘いまくっているとか? ……そうじゃないといいな。
「ただいま~」
「おかえり」
なにもしていないとどうしてももんもんとしてしまうから母の手伝いでもすることにした。
「あ、そういえば途中で七星ちゃんと会ったよ」
「カメラを持ってた?」
「うん、なんか真剣に撮っていたから話しかけちゃった」
好きだな、この暑い季節でも変わらずに向き合えるのは素晴らしいとしか言いようがないが。
「お風呂に入ったら来るみたいだから迎えに行ってあげてね」
「はい?」
「また一緒にご飯を食べたかったのっ」
約10分後ぐらいには連絡がきて外に出ることになった。
「こんにちは」
「うん」
柔らかい笑みを浮かべた彼女に挨拶を返して来た道を引き返す。
お風呂、全裸、この前のあれ、……色々と思い出して鼻血が出そ――出た。
「これで拭きなさい」
「いいよ、汚しちゃうから」
「どうしたの? 熱中症?」
「いや、僕の脳が問題なだけだから」
……脱いだらすごいってすごい、語彙力がないけど仕方がない。
とりあえずは母のところに行かせて、こちらは洗面所に直行した。
「やべー顔」
そして気持ちが悪い感じ。
服やズボンに付着しなかったのは良かったとしか言いようがない。
にしても、水着姿を見たぐらいで鼻血を出すなんて初だな、自分も。
その後は考えた通り、母の手伝いをして一緒に食べた。
父が遅くなるということだったので、珍しく18時半に食べられて感動した。
「はいっ、ふたりともアイスをどうぞっ」
「ありがとうございます」
「ありがとう」
「なのでっ、玄関前で語ってきてくださいっ」
余計なお世話だ、追い出されてしまったからもうどうしようもないが。
彼女は上を見ながら「優しいお母さんね」と言った。
確かに優しいが、もう少し落ち着いてほしいと思うのは、駄目だろうか。
「鼻血は大丈夫?」
「うん、この前のを思い出して出ただけだから」
「この前?」
「……あのさ、普通は狼狽えたりすると思うんだけど」
無防備なのか作戦なのか、彼女に限ってそんなことはないのかね。
ただ、この前みたいに冗談を言うこともあるみたいだから、完全にないとは言いづらいのが現状だった。
「ああ、ふふ、たかだか水着だったというだけじゃない」
「だってさ……」
「新鮮だった?」
当たり前だ、寧ろ普通に接することができる大輝と千葉さんがおかしい。
「珍しいわね、あなたが素直に認めるなんて」
「だって……綺麗だったし、だから目のやり場に困ったわけだし」
「でも、水泳の授業で水着は見ているわよね?」
「種類が違うでしょ、ビキニとかだったら思いきり……ほら」
「ふふ、スケベなのね、あなたも男の子ってことなのかしら」
手強い、最後までこういう態度が変わることはないのだろう。
それでもいいか、そもそも付き合えるなんて考える方がおかしい。
友達でいてくれればいいや、あ、バレンタインデーに義理チョコぐらいはくれたりするとありがたいけど。
「そ、そんなこと言ったら見せつけていた千葉さんもスケベなんじゃないの?」
「私はあくまでプールを楽しんでいただけだわ、そういう思考をしてしまうあなたに問題があるのよ」
どうあがいても勝てないからこの話題を終わらせる。
そう、僕の頭がイカれているのが悪いだけ、彼女は悪くない。
それどころか女の子とふたりきりでプールを楽しめたなんて過去1で最高の思い出となることだろう。
「さてと、そろそろ帰るわ」
「あ、弟君に会ってもいいかな? ほら、顔を見せておいた方が夏祭りのときも安心できるかなって」
「あ、そうね、それならそうしましょうか」
流石に上がるなんてできなかったから弟君を外まで連れてきてもらった。
が、もうおねむなのかいまにも寝転がりそうな感じの弟君が。
「
「……お姉ちゃんのカレシ?」
「え? はは、違うわよ、友達なの」
と、友達だったのかっ、と少し嬉しくなった。
彼女は結構嬉しくなることばかりしてくれる。
対する僕は……駄目だ、彼女を呆れさせたことと怒らせたことしかない。
「海と書いてかいと読むの」
「そうなんだ」
「お兄ちゃんは……?」
「僕は零だよ、ただ、漢字は少し難しいかな」
零すって書くなんて言っても伝わらないだろう。
僕だって自分の名前でなければ書けなかったし、しっくりこなかったと思う。
「れーちゃんって呼ぶ」
「はは、そっか、それなら僕は海君って呼ばせてもらうね」
ただ、流石にそこで限界がきて彼女が弟君を寝かせに行った。
このまま帰っても良かったがまた怒られても嫌なので待っておくことにする。
「またなにかあったら連絡するわ」
「うん」
「それじゃあまた」
「あ」
「どうしたの?」
暗い部分まで下がってから彼女に言う。
「後で連絡する」
「ふふ、分かったわ」
「あと、カメラを持ってどこかに行こう」
あ、彼女にしては珍しいといった感じの表情になっている。
たったそれだけでも言ってみた価値があった。
彼女があれだけ真剣になれるものに僕も少し真剣に触れてみたかったのだ。
「夏祭り後がいいかな」
「分かったわ」
「それじゃ、夏でもちゃんと暖かくしてね」
「あとは反応して、でしょう?」
「うん、なんにも反応されなかったら泣くから」
残りの夏休み全てを引きこもれる自信があった。
それは嘘でも少なくとも彼女からのそれらに反応することはないと。
「あははっ、それなら泣かせようかしら」
「えぇ、ま、じゃあね!」
「ええ、気をつけて、それと今日もありがとう」
お礼を言わなければならないのはこちらだ。
とりあえず家に着いたら全速力でお風呂に入って。
その後は彼女とやり取りをして、楽しい時間を過ごすことができたのだった。
「れーちゃんっ」
「おぉ、海君っ」
夏祭りの日になった。
元気いっぱいの海君と、
「あ゛……」
「どうしたの?」
浴衣姿の千葉さんと合流し会場へ向かう。
「僕になんか言われたくないだろうけど、綺麗だ」
「ありがとう、夏祭りのときは少しでも楽しめるようにって着るようにしているの。お母さんに手伝ってもらってやっと着られるレベルだけれど」
「お母さんはナイスとしか言いようがないね」
「ふふ、あなたはスケベだものねー」
こういう都合の悪いことは無視。
とりあえずしっかりと海君の小さい手を握っておく。
……本当ならお姉ちゃんの方とも繋ぎたいんだけど、それは現実的ではないから言うのはやめておいた。
「海君、なに食べたい?」
「やきそばっ」
「よし、お兄ちゃんが買ってあげる」
「ほんとっ? ありがとう!」
うんうん、いい笑顔だ。
ちゃっかりお姉ちゃんの分も買っておいた。
それを渡して――いや、早速ナンパされているぞ。
「お、一緒に来ていた人間は零だったのか」
「朱夏さんがいるんだから千葉さんをナンパしないでよ」
「してねえよ、にしても、ははは」
なんだこいつ、人の顔を見て笑いやがって。
僕はまだ残ろうとした彼女の腕を掴んでこの場から離脱した。
「はい、食べて」
「ありがとう、後で海の分も払うから」
「いいから、ああやって話しかけられても無視してよ」
「あら、独占欲かしら?」
「僕らと来ているんだから他はいいでしょうが……」
ああ、どうして小さい子って口の周りにつけるのが上手いんだろう。
ウエットティッシュを持ってきておいて良かった。
汚れがつく度に拭かせてもらって、一緒に来たからには僕でも少しは役に立つんだぞというところを見せておくことにする。
「よしっ、次はなにを食べたい?」
「ぼく、もうおなかいっぱい」
「おう……そうか」
小学3年生だったらあれぐらいで十分か。
あとは結構困るやつがきた、そう、食後の眠気。
このまま自力で歩かせるのは危ないからおんぶしておくことにする。
「ごめん……」
「気にしないでよ、花火の時間になったら起こしてあげるから」
「うん……」
弟がいる生活というのも良さそうだ。
海君ぐらいいい子なら一緒にいるだけでも楽しそうだし。
「千葉さ――ああ、またっ」
今度は朱夏さんにナンパされていた。
でも、女の子同士なら癒やしになるから見ておくだけにした。
……肩が少しずつ濡れていっている感じがするのは気のせいだろう。
ま、涎なんかで死ぬわけじゃないからね、気にしなくていいかな。
「意外と面倒見がいいんだな」
「海君は可愛いから」
「千葉にしか興味がないのかと思った」
「あくまで海君を見守るために呼ばれたんだよ、それがなかったら誘われてすらないよ」
「お前って自己評価低いよな、ま、事実その通りなんだろうけどさ」
余計なお世話だっ。
自分で言うのと相手に言われるのとでは全く違う。
むかつくぜイケメンっ、朱夏さんも浴衣を着てきてくれれば良かったのに……。
結局、何故か4人で見て回ることになって、あわよくば仲良く~なんて作戦は失敗に終わったことになる。
花火の時間になったら海君を起こしたうえに肩車をして一緒に見た。
小さな失敗なんてどうでもよくなるぐらいの綺麗さがそこにあって。
なんとなく左に意識を向けてみたら千葉さんの綺麗な横顔が見えた。
これだけで十分だろう、なにはともあれ女の子とお祭りに行けたんだから。
始まりがあれば必ず終わりはくる。
花火が終わったらみんなすぐに帰ってしまった、なんならその中には大輝と朱夏さんも含まれていた。
きっと家でいちゃいちゃするに違いない。
実際にラブホテルの利用者数が増えるとかなんとかってどこかで見たことがある気がするからお祭りの後はみんな頑張るんだろう。
……スケベと言われても仕方がないな。
「ごめんなさい、海を任せきりにしてしまって」
「いいよ、楽しめた?」
「ええ、とても楽しかったわ。少し薄情な話だけれど、友達となにも気にせずに遊ぶってこれまであまりできなかったから」
「僕で良ければ頼ってよ、海君を見ておくぐらいならできるからさ」
ああ、送り届けたら夢のような時間が終わってしまう。
彼女はあっさりと「それじゃあ」って家に入ってしまうことだろう。
でも、もうどうしようもないことだ。
そもそも海君をいつまでも外に連れ出すわけにはいかないんだから。
「それじゃ……」
「待ってて」
「え? あ、うん」
海君をお姫様抱っこした彼女が中に消え、少ししてまた出てきた。
待っててと言ったのだから当然だが、どうするのだろうか。
「裏に庭があるの、そこでこれをやりましょう」
「手持ち花火? え、いいの?」
「このまま終わりじゃ申し訳ないから」
そういうとこだぞそういうとこ!
いやもう非モテにそういうことしたら駄目だって。
遠慮なく行かせてもらったけどさ。
「今日はありがとう」
「うん」
花火の光に照らされた彼女の顔がやばかった。
多分、忘れることはないと思う。
「あなたには困ることもあるけれど、本当にいてくれて良かったと思うわ」
「そう言ってもらえるとありがたいよ。自分しか楽しんでこなかったからさ、千葉さんを楽しませられることができなかったから気になっていたんだ」
今日は朱夏さんが強敵だった。
彼女が楽しそうにしていたから邪魔できなかったし、大輝は大輝でちくちくちくちく言葉で刺してきていたから。
ただまあ、あれは本当は残念だったのかもしれないから大輝を悪く言うことは我慢してあげようと片付けている。
「線香花火、やりましょうか」
「うん」
この控えめな感じが凄くいい。
短いようで長い、長いようで短いこの感じもいい。
「泊まる?」
「え? 帰るつもりだったけど」
「多分、後で海が起きてくると思うの、そのときにあなたがいてくれれば嬉しいだろうから。さっき部屋に寝かせに行った際に『れーちゃんがいてくれて良かった』って言っていたの」
どうすればいいんだろうか。
僕としてはまだまだ彼女と一緒にいたいが、だからって異性の家に泊まるというのは……非モテの僕にはだいぶきつい。
「無理なら無理でいいのよ」
「だって、お風呂は? 寝る場所は? しかも、千葉さんの家になんて……」
「お風呂は入ればいいし、寝る場所は客間があるからそこでいいじゃない」
「客間だったら僕の家にもあるよ、そっちだったらいいんだけど……」
「それは……」
勝手に出しているだけだが、僕ばかり勇気を出すことになっているのは不公平としか言いようがない。
「僕はまだまだ千葉さんといたいよ、結局、3人で回れなかったから」
海君が焼きそばだけでお腹いっぱいになってしまったのが痛かった。
おねむになってくれなければふたりで気にしつつもっと回れたはずなのだ。
「私が行くのでは意味がないわ」
「じゃ……やめておくよ、海君に会わせるためなのだとしても気軽に泊めたりとかはしない方がいいよ」
「そう、あなたがそう言うなら仕方がないわね」
片付けて表に戻ってきた。
「あなたは本当に大槻君の友達とは思えないわ」
「奇遇だね、僕もだよ」
「少しは素直になれるようになったと思ったのに」
「いや、そう言われてもね……」
初めてのことすぎてどうすればいいのかが分からないのだ。
大輝だったら間違いなくしたいことをしたいと言って、したくないことはしたくないとはっきりと言えるはず。
でも、僕は大輝じゃない、残念ながら差がありすぎるんだよ。
「結局、綺麗とか一緒にいたいとか言ってくれていたのは本心からではないのね」
「は? 違うよっ、それは本当に思って――」
「帰りなさい、これ以上外にいたら危ないわよ」
いや、そこで素直に従って泊まったらそれこそ悪者判定するだろうに。
ま、帰ることしかできないから諦めて帰ったよ。
その後と、日付が変わってからの夜中は本当にごちゃごちゃしていて寝ることができなかったけどね。
「零、入るぞ」
「おーう」
部活前に来てもらった。
本当なら僕の方から行くべきだったが、動く気になれなかったのだ。
「なんだその顔、寝られなかったのか?」
「寝られなかったんだよ……、朱夏さんとはなにしてたの?」
「なにしてたのって、俺の家に泊まってもらっただけだけど。ほら、全くふたりきりではいられなかったからな」
「キスとかしたの?」
「ま……、俺らは恋人同士だからな、休みとかじゃないとゆっくり相手をしてやれないから」
いや、今回のことについては彼も間違っていないと言ってくれそうだがどうだろうか。
とにかく、聞いておきながら惚気に嫌気がさしたので「言うなよ、非モテにそんなこと」とぶつけておいた。
そうしたら「じゃあ聞くなよ、非モテがそんなことを」と倍返しになってこちらへ返ってきて大ダメージを受けた。
とりあえず来てもらった理由を吐いていく。
「よく分からないな千葉も」
「でしょ? あそこで泊まるなんて選択できる人間だったらそもそも非モテじゃないよって言いたくなるよ」
「俺でも多分泊まらないわ、例えその相手と仲良くしたいのだとしてもな」
だよなあ、間違っていないよなそれは。
異性が住む家に気軽に入るべきではないのだ。
経験値が高い彼でさえこうなんだから僕なんかああなるって分かっているはずなのに。
ま、彼女からすれば海君に会わせることと、一緒に寝なければ全く問題はない程度に考えていたのだろうが、うん。
「つか、綺麗とか一緒にいたいとか言えるんだな」
「うん、水着姿とか浴衣姿とか綺麗でさ、あの子ぐらいしか異性が近づいてきてくれないから一緒にいたいとも……」
「でも、千葉はそれを本心からの言葉ではないと切り捨てたんだろ?」
そこが謎だ。
仲良くなりたいから適当に言っているとでも考えたのだろうか。
僕ぐらいの縁のなさになるとお世辞を言う機会すらないんだよ。
そんな人間が急にお世辞なんか言えるわけがない。
本当なら綺麗とかって言葉も吐き出すつもりはなかったんだ。
でも、インパクトが強すぎた、思わず吐いてしまうぐらいにはね。
「……僕はお世辞でそんなこと言ったりはしないよ。一緒にいたくないならそのままぶつけるし、仮にそれをしなくても態度に出すから」
「分かってる。お前は面倒くさいからな、一部の女とよく似ている」
そもそも、どうして彼女は一緒にいてくれるんだろう。
こんな女々しいとも言える情けない男のところに。
利用したいからだとしても、全く利用してくれないことに違和感を覚える。
あの子にとってなにも得なことがないのだ、寧ろ損ばかりだろうし。
「ま、とりあえず寝ろよ、寝ないとマイナス思考ばかりすることになるぞ」
「なんか優しいじゃん」
「それでこんな早くから呼ばれるのは面倒くさいからな」
「わざわざ付き合ってくれる大輝が好きだよ?」
「おえ、気持ちが悪いな」
いや、本当に彼がいてくれたからこそ朱夏さんと話せるようになったわけだから感謝しているんだ。
もしそうじゃなかったら学校に行って授業を受けて帰る、それだけしかできない高校生活だっただろうから。
本当はみんなみたいに他人と仲良くしたいのに、別に僕は違うとか、学校は勉強をするところだとか強がってつまらない人間となっていたことだろう。
「行くわ」
「うん、部活頑張って」
「おう、あ、仲良くしたいならちゃんと話しておけよ? 連絡先は交換しているんだろ?」
「うん、そうだね」
「おう、それじゃあな」
その前に大輝に言われた通り、寝ることにしよう。
いまできるのはこれぐらいしかないから。
そして、
「あぁ……寝すぎた」
夕方頃まで寝てしまった。
昼夜逆転生活にならないよう気をつけないと。
生活リズムが狂うと途端に駄目になる。
いま冷たい言葉でも吐かれたりしたら上手く躱せないから。
なので、連絡するのはまた明日と先延ばしにしたのだった。
結果を言えばこれが失敗で。
気づけばもう、すぐそこに……。
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