04話.[感情とは反対に]

 放課後まで適当にゆっくりしていたら大輝に何故か褒められた。

 どうしたんだろう、おかしいと考えていたら朱夏さんのことかと気づく。


「ちゃんと見ておいてね」

「おう。ただ、部活があるときはどうしてもな……」

「僕は朱夏さんに部活が終わるまで残ったらどうかって言ってみたんだけど」

「俺としてはその方がいいんだけどな、だからって待たせるのもあれだよな」


 じゃ、同好会の方に呼んでみようか。

 女の子だからとは繋がらないが、なにかを撮ったりしていたら時間も上手く使えるかもしれないし。

 そのことを大輝に言ったら「朱夏がいいならその方がいいな」と言った

 お昼にやって来た朱夏さんにその話をしたら参加したいということだったので、その時間の内に千葉さんにも説明しておいた。

 当然、彼女が断るわけもなくこれで今日は3人で活動することに決まり。


「行きましょうか」

「うん」

「はーいっ」


 朱夏さんがいるなら僕は見ているだけでいい。

 特にいまは荷物を持つこともないので、適当に付いていくことだけに集中していた。


「葉っぱとかでもいいの?」

「はい、自由に撮影してくれて大丈夫です」


 うんうん、やっぱり女の子の側には女の子がいるのが1番。

 昨日の訳が分からない先輩も今日はどうやら絡んできたわけではないみたいなので、物凄くほのぼのとした時間を送れていたのだが。


「ぎゃー! い、芋虫っ」

「ちょっ」


 慌てて彼女のカメラをキャッチする。

 し、心臓に悪いぜおい。

 もしこれで壊したらまず間違いなく誘った僕のせいにされるだろう……?


「ごめん……」

「気をつけてくださいね、とはいえ、力を込めすぎるのも駄目ですけど」


 彼女に渡してまた付いていくことに専念。

 ……千葉さんは真面目だなあ。

 特に目新しく新鮮な対象がそこにいて、あってくれているわけでもないのに無表情でさ。

 でも、これは僕の想像だけど撮るまではいっていない気がする。

 やはり外に出かけたいのだろうか。

 凄く良かった的なことを彼女が言っていたから余計にそう思う。

 それでも、そこからは特に問題もなく今日の活動を終えた。

 大輝のところに行く朱夏さんとは別れ、千葉さんと帰ることに。


「……真面目にやっていないじゃない」

「ごめん」


 朱夏さんには優しかったのに僕には違かった。

 先程のあれは相当我慢した結果、ということなのだろうか。

 彼女も思っていることを言わない人間というわけではないため、こうして露骨に態度に出してくれるのはありがたかったりもするが。


「明日は遠慮なんてしないであなたがしなさい」

「うん」

「撮るまではいかなくてもいいの、ちょっとでもいいなって感じるようなものを探せばそれでいいから」

「とりあえず、千葉さんが選んだ対象をカメラで見ていきたいと思う」

「ええ、それでいいから」


 しまったっ、当たり前のように彼女の家の方に来ている。

 ……送ってもっと仲良くなってやろう作戦は露骨過ぎて引かれるぞ。


「送ってくれてありがとう、けれど、私としては活動中に真似だけでもしてくれる方が嬉しいから明日からよろしくね」

「明日からはやるよ」

「ええ、期待しているわ」


 友達の関係になるためにあそこにはいるのだから彼女に嫌われてはならないのだ。

 故に、ある程度は従っておかなければならない。

 仕方がないから頑張るか。

 なにかを得るためにはなにかを犠牲にしなければならないのだから。




 連日朱夏さんが来るということはなく、ふたりでの活動が続いていた。

 変わっているようで変わっていなくて、それでも昨日や一昨日とはどこか違うように感じる葉っぱなどに向けながら考えていた。

 ちゃんともっとやる気のある人を探しているのかどうかということを。

 僕はあくまで掃除係とか雑用をするためにここにいるわけで、撮影などは千葉さんや他の子に任せたい。

 

「千葉さ……」


 どうしてあそこまで真面目にできるのだろうか。

 また出かけたいとかなんとかって言っていたけど、それができるからなのか?


「ん? どうしたの?」

「あー、ちゃんと探しているの?」

「いえ、探していないわ」

「え、それじゃあ困るでしょ?」

「特に困らないわね」


 誰かと一緒にやりたいんじゃなかったのかよ。

 僕がいることで満足しているということなら考え直した方がいい。

 こっちなんか適当に向けているだけだぞ、しかも下心ありまくり。

 活動に興味があるわけではなく、その部に所属している女の子に興味があるだけ。

 なんとなく活動をして、終わりになったら彼女を送って。

 そんなことの繰り返しをして、僕はただなんとなく生きていた。

 いやまあ、死にたいとかそういうことはないが。


「気づけば夏休みが目の前にあるぞ」


 夏休みはどうするのだろうか。

 連絡先すら交換していない僕たちにとって、予定を合わせるというのは難しいかもしれない。

 そもそもの話、誘う気すらないのかもしれない。


「零、さっさと帰れよー」

「大輝は夏休み、どう過ごすの?」

「どう過ごすのって、残念ながらほとんど部活だからな、あ、夏祭りぐらいは朱夏と行くけど」


 彼は「そんなの明日から考えればいいだろ」と言って教室を出ていった。

 明日から夏休み。

 それにしても夏祭りか、今年もひとりで行くことになりそうだ。


「長谷川君」

「あ、また9月に会おうね」


 こうして異性が来てくれるというだけでもありがたいか。

 多くを望むと小さいようで大きいことさえなくなってしまう。

 がっつくと間違いなく気持ち悪がられるだろうから、僕にできる対応はこういう風にすることだけ。


「夏休みは忙しいの?」

「いや、課題以外にはやることがないだろうから寝ていると思う」


 あとは……たまには母の手伝い、だろうか。

 母だって毎日毎日仕事とかそんなブラックな会社に勤めているわけではないから。

 汗をかくのはあまり好きではないが、うん、だらけてばかりではないのだ。


「あなたさえ良ければ、色々行ってみたいのだけれど」

「荷物持ちぐらいでいいなら」

「それもなくていいわ、誰かと、一緒になにかを撮りに行きたいの」

「それなら探せば良かったのに、絶対に僕なんかよりいい人がいたでしょ」

「……なかなか聞きづらいじゃない? あんまり慣れていない人に話しかけるのは得意じゃないのよ」


 まあ、それは普段の様子を見ていれば分かるけど。

 だって相変わらず教室ではぼっちだし。

 彼女が真顔でいるから周りの子も近づけないでいる。


「そうだ、連絡先を交換しましょう」

「いいの? もしかしたら僕が悪用するかもしれないよ?」

「ふふ、いいのよ」


 全ては彼女からしてくれたという形を作るため。

 ○○がそう言うなら……という風になってしまえば、こっちが気持ち悪がられることはなくなるから。

 朱夏さん以外で初めて異性の連絡先をゲットした。

 ……感動で泣きそうだった。


「暇なときに連絡してきてちょうだい、あなたに合わせるから」

「え、そっちがしてきてよ、そのときは合わせるから」

「そう? 分かったわ、それじゃあ帰りましょうか」


 こっちから連絡なんてできるわけがないじゃないか。

 この交換はあくまでスムーズに済むようにするためのもの。

 仲良くなったからした、そんなわけではないのだから気をつけなければならない。


「千葉さんはさ、だ、誰かと夏祭りに行ったりするの?」

「そうね、男の子と行くわね」

「へ、へー」

「ふふ、冗談よ。毎年弟と行くのよ、まだ小さいから私がいないと駄目なの」


 どうやら両親が面倒臭がって彼女に任せているようだ。

 弟君が小学1年生のときから一緒に行っているらしい。

 ちなみにいまが3年生らしいから、結構歳が離れているんだなってなんとなく考えていた。


「興味があるの?」

「大輝が朱夏さんと付き合い始めてから一緒に行けなくてさ」


 と言っても、1回だけだ。

 ただ、中学3年生の夏は虚しい気持ちを抱えつつ、あの賑やかな会場をひとりで見て回ることになったから……。


「一緒に行く? 弟は元気だからあなたも見てくれると助かるわ」

「いやいや、夜に会うのは危ないでしょ、襲ったらどうするの?」


 ……行きたい、彼女と一緒に。

 もうなんでもいいから利用して仲良くなりたい。

 それでいつかは「あなたがいてくれて良かった」って言ってもらえるような存在になりたい。

 でも、今日もチキってしまった、情けないぜ……。


「あなたは臆病なのね」

「な、なにがっ?」


 非モテの弊害だ。

 それでも、がっつく人間よりはいいのではないだろうか。

 これまでモテなかったということはどこかになにか問題があるということだし、なるべく謙虚に生きているつもりなのだが。


「あなたもいてくれれば気づいたら弟がいなかった、なんてことにもならなくて済むと思うわ。だから一緒に来てほしいの、無理なら無理でいいけれど」

「……他の子を誘った方がいいよ」

「そう、それなら仕方がないわね」


 無理だ、中身が変わっているわけじゃないんだから無理。

 あと、楽しませなければっ、という意識が働いて楽しめないと思う。

 それならひとりで見て回って、花火の時間までぼけっとしていた方がいいだろう。


「お、弟君も千葉さんとふたりだけの方がいいと思うんだっ」

「もういいわ」

「あ、そう……」


 自爆して気まずくなって結局解散に、なんてことになる可能性が高いんだからこれでいいのだ、僕の選択は間違っていない。

 そしていま実際に自爆して気まずくなって無理やり解散にした。

 ださいのは承知で走って逃げて、家に、部屋に引きこもった。


「あー! 行きたかったっ!」


 大輝が聞いたら馬鹿だって言うことだろう。

 そう、馬鹿だ、手がつけられないくらいの馬鹿。

 例え手術をしようが一生治ることのない病気だ。




 夏休みになった。

 別に喧嘩したわけではないからなのか、意外にも千葉さんからメッセージが送られてきてやり取りを続けていた。

 楽しい、彼女は優しいな。

 こんな僕を相手にしてくれるって、中々できることじゃないぞ。


「あぁ……、お祭り一緒に行きたかったぁ……」


 こうしてやり取りを交わしていると余計にそう思う。

 そういうのもあって『いまから会えない?』などと打ち込んだり消したりを繰り返していた。


「零ー」

「わあ!? ノックぐらいして――うわあ!?」


 そりゃないぜ母さんよ。

 もう見られたマークもついてしまったしどうしようもない。


「……どうしたの?」

「あ、お買い物に付き合ってほしくて」

「分かった、行くよ」


 買い物に行ってくる云々のことを送って携帯を部屋に放置した。

 その状態で外に出て母の手伝いをする。

 会ったところで上手くいい雰囲気にすることはできないから仕方がない。

 それで夏祭りどころか他のこともできなくなったら嫌なのだ。


「暑いね~」

「我慢しないでエアコン点けなよ」

「だめっ、使用しないって決めているんだからっ」


 だからってそんな汗だくな状態でいるのはどうなんだ。

 まあいいか、僕は好きじゃないけど扇風機を使っているし。

 あとはあれ、スーパーの中は凄く涼しかった。

 が、人工的な冷たさで簡単に調子が悪くなってしまうからなるべく早くを心がけて外に出る。


「こんにちは」

「え、こんに……え」


 荷物持ちだから外に出ていればいいなんて考えていた自分。

 だが、流石にこれには驚いた。


「あ、スーパーの中は涼しいよ」


 そんな夏に利用したことのある人間なら知っていることを馬鹿みたいに言って。


「荷物をあなたのお家まで持って行ったら少し遊びに行きましょうか」

「え、なんで?」

「え? だってあなたが会いたがったんじゃない」


 消えてくれ、過去の僕。

 とりあえずは来てくれた母を盾にしつつ荷物を持って帰ることに。

 後ろの方ではふたりが楽しそうに話をしていた。

 ……とてもじゃないが、話すのが苦手な子には見えない。

 その調子で男子ではない人を誘えばいいと思うが。


「はい、七星ちゃん」

「ありがとうございます」


 なんで当たり前のように中にいるんだ?

 なんで当たり前のように僕は食材をしまっているんだろう。


「零とどこかに行くなら水分補給とかちゃんとさせてね、ちゃんと七星ちゃんも飲んでね」

「はい、任せてください」

「うんっ、よしっ、ここは私に任せて若い子は遊びに行ってきなさい!」


 こうして高校1年生の夏、初めて異性とふたりきりで出かけることになったのだった。




 やばい、普通に楽しい。

 ただ、彼女がそう感じてくれている可能性は低いので、浮かれているところはあまり表には出さないでいる。


「長谷川君、そろそろ帰らないと」


 彼女が指差した方を見ると時計が。

 現在の時間は17時40分。

 確かにこれ以上彼女に付き合わせるのは申し訳ないか。

 残念ながら今日はここまでのようだ。


「ありがとう、楽しかったよ」

「ええ」


 お祭りのことどうしよう。

 一緒に行きたい、弟君がいようと彼女とはいられるんだから問題もない。


「千葉さ――」

「あれ、七星? 七星じゃん!」

「あ、久しぶりねっ」


 お、嬉しそう。

 これもあれか、断っておきながらいまさら言うのは自分に甘すぎか。

 彼女の家の近くだったから適当に挨拶をして離脱をした。


「ただいまー」

「大体、5時間ぐらいか」

「なんの話?」

「七星ちゃんと行動していた時間だよー」


 ああ、楽しいからって考えなしだったか。

 本当はあんなに一緒にはいるつもりはなかったのかもしれない。

 それどころか、つまらなかった可能性もある。

 やっちまったぁ! と、めちゃくちゃ後悔したのだった。




「へえ、千葉と遊びに行ったのか」

「うん、だけど僕だけが楽しみすぎて失敗しちゃってさ」


 ああ、いまはただただ付き合ってくれることがありがたい。

 決してひとりではないことが分かって本当にいい。

 彼は部屋の床に寝転んで「楽しめたのならいいんじゃねえのか?」と言ってきたが、自分だけが楽しめばいいなんて自己中野郎ではないのだ。

 そして、案の定夏祭りのことを言ったら馬鹿かと言葉で刺されてしまった。

 当然だ、せっかく向こうから誘ってきてくれていたのにヘタったわけなんだからな。


「それなら俺らと行くか? お前なら別にいいけど」

「いや、朱夏さんは大輝とだけで見て回りたいでしょ、そこまで空気の読めないことはできないからいいよ」

「そうか? でも、ひとりでどうするんだ?」


 どうするって、どうしたってひとりなんだからひとりで楽しもうとするだけ。

 これは友達かなんかだと勘違いしていた自分が悪い。


「よし、暑いからプールでも行くか」

「え、水着なんてないけど」

「短パンでいいだろ、行くぞ」


 いてくれるのはありがたいが、こういう有無を言わせない感じはちょっと。

 約30分後、僕らは近くの施設まで来ていた。

 ……まだ夏休みが始まったばかりだと言うのに沢山の人がいる。


「行くぞっ」

「あ、ちょっ」


 なんでこれも朱夏さんと行かないんだ。

 あとやけに楽しそうだな、女の子の水着とかよりも水がいいのか。

 それでも休憩時間になったらちゃんと言うことを聞いていた、当たり前か。


「あ、千葉じゃないか?」

「え? えっっ」


 ……彼女は当然のように水着姿だった。

 横にいるのはこの前話しかけていた女の子、その子も水着。

 やべえよやべえ、……あれは流石に刺激が強すぎる。

 じっとそっちを見ていた変態の腕を掴んで歩こうとしたらまさかのまさか、逆に腕を掴まれて彼女の方に向かって歩き始めてしまったじゃないか。

 当然、何キロも離れているわけではないからすぐに……。


「千葉、珍しいな」

「あなたこそせっかくのお休みを朱夏先輩と過ごさなくていいの?」

「いいんだよ、たまにはこいつの相手もしてやらないといけないからな」


 半裸野郎の後ろに隠れていた。

 なんでこいつ、こんなにいい匂いするの?

 だって、来たときには汗をかいていたんだよ、と差を感じることに。


「あ、そういえばこいつがさ、千葉と夏祭りに行きたいみたいだぞ。本当は滅茶苦茶行きたいくせに楽しませられないからとか考えてヘタってさ」

「ふーん」

「どした?」

「いえ」


 消えたい……。

 彼女のお友達は大輝の格好良さに惹かれて積極的に話しかけていた。

 気づけばふたりで消え、ここには僕と彼女だけが残る。

 む、胸……あったんだ、いや、女の子だろうと野郎だろうと胸はあるけどさ。


「と、友達は行っちゃったけど」

「見れば分かるわ、馬鹿にしているの?」


 なんか冷たいぞ。

 なんでだ? あれからメッセージだって送られてきていないから返信を忘れていた、なんてこともないし……。


「行きたかったのね」

「そりゃ……」

「非モテだから?」

「……お、怒っているの?」

「いいえ? なんで急にそんなことを聞くのかが分からないわ」


 勘弁してくれ、そうでなくても直視しづらいのにこの子ときたら。


「話すときは相手の方を向きなさい」

「……目のやり場に困るんだよ」


 どうしても白い肌と胸に目がいく。

 これも散々非モテだったからだ。

 大輝ぐらいの経験値が高い人間だったら……ドキドキしたりしないで済んだのに。


「まあいいわ、それよりどうしてこの前は勝手に帰ったりしたの? 私はあなたに付き合ったわよね?」

「だって、友達と会えて嬉しそうだったから」

「そんなに長時間になるわけでもないんだし待っていてくれればいいでしょう?」

「それで怒っていたんだ、空気を読んだつもりだったんだけどな」

「怒っていないわ、ただ、不満を感じただけ」


 そう言われても困る。


「それでどうするの? 結局、行くの? それとも、行かないの?」

「……僕は行きたいよ」

「それなら最初から素直になりなさいよ」

「が、がっついていたらそれこそ嫌だろっ」

「はぁ、あなたの相手をするのはたまに大変だと感じるわ」


 当たり前だ、非モテである理由のひとつだ。

 相手を楽しませられることができるのならいま頃モテモテだろう。


「行きましょ」

「え、友達は……」

「どうせ大槻君にしか意識がいっていないもの、それにひとりだと寂しいじゃない」

「い、いいの?」

「いいからっ、ほらっ」


 て、手ぇ……。

 どういうつもりなんだと困惑しかなかった。

 しかし、そういう感情とは反対に、これはデートだと自惚れる自分もいた。

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