1×8=「でも、『何か』を見つけたいの」
彼らは自身のことを、《カルテット》と呼びならわした。「ある目的」のために集められた四人から成る小集団、それが「
その目的とは────「終末を退けること」、なのだという。
「まあ、そう頻繁にあるようなもんでもねえけどな」
「あっても困るけどな……普段はそれぞれ本職っつーか、本来の所属に戻ってンだよ」
「本来? 四人は、同じところに所属しているわけではない……ん、ですか?」
「敬語は結構よ、煩わしいでしょうから。そうですわね、それを含めて自己紹介しましょう。簡単にね」
こほん、とレオさんが一つ咳払いで居住まいを正す。
「わたくしがエレオノーラ・エーデルシュタット、《天文台》所属の《カルテット》リーダーです。レオ、で構いませんわ。よろしくね」
堂々とした佇まいが印象的な、目を奪われる美貌の人だった。強い眼差しは、紅の光を放ちながらも柔らかさを纏って微笑む。
「俺が
言葉は少なく、あっさりとした物言いは素っ気無い。緑青の瞳は澄んだ湖面のように静かだが、その奥には確かな芯が感じられた。
「……
ぶっきらぼうで、無愛想だ。しかし威圧的な口調に反して、その冴え冴えとした蒼の瞳はそれだけではないということを、あたしは少しだけだが知っている。
「最後、
細められたままの瞳の、その色を窺い知ることはできない。それでも湛える柔和は柳のようで、ゆるりと微笑む様にはわずかな温かみが感ぜられた。
四者四様。色も、立ち居振る舞いも、何もかもが異なる四人。《天文台》《警察》《教団》《本家》、それぞれ異なる組織に所属していて、どんな因果が在ってここに集っているのかは分からない。
「────最後に。貴女の口から、貴女のことを教えてくれないかしら」
その彼らの視線が集まる。あたしのこと。それは果たして、わずかに記憶に残る過日の出来事もだろうか。だがそれを口にするにはあまりにも朧気で、だからせめて、はっきりしていることだけでもと思って────ここで怖気づいてはいけないと、あたしは懸命に顔を上げ続けた。
「あたしは────
それが「何」であるのかさえ分からなくても。
その「何か」を知ることから始めなくてはならないとしても。
ただ、見つけたいという思いだけが、確かなよすがだった。
「……良い目ですわね。ええ、我々《カルテット》はお客人を歓迎しましょう。部屋は貴女がずっと寝ていた空き部屋を使って頂戴な、必要なものは調達させるから。場所は分かって?」
大丈夫────とレオさんの微笑みに答えようとした、その時だった。
きゅるるるるる
「……あう」
間抜けな音が響き渡る。瞬く間に空気が弛緩して、出所は自分のお腹だと気付いた時にはもう、抑えきれない空腹がしきりに声を上げていた。「元気で結構」、と遥さんが朗らかに笑みを零しているのが無性に恥ずかしい。かあ、と顔に熱が集まっていくのが露骨に感じられた。
すると鮮ちゃんがおもむろに立ち上がり、右奥に見えるキッチンへと歩いていく。何をするつもりなのだろうと首を傾げていると、「なァ」と間延びした声が飛んできた。
「夕飯作ンのにちっと足りねェモンがあるんだがな、今日の買い物当番は確か……艫居だったよな?」
「……俺はこれから忙し「いわけねェだろ馬ァー鹿、パチンコ行こうったってそうはいかねェからな。御津!」
「えっあっ、な、なに?」
急にお呼びがかかったことに驚きつつも、あたしはなんとか返事をする。何やらキッチンのほうでがさごそとしていた鮮ちゃんが顔を覗かせて、にやりと唇を歪めてこう言った。
「艫居と一緒に買い物、行ってきてくれや。働かざる者食うべからず、客人ってもそれは同じってな」
「は!? なんで俺が此奴と一緒に」
「いや、元々テメェの仕事なんだからテメェに拒否権はねェよ。ただまァ、ソイツにとっても街を見るいい機会なんじゃねェかって思っただけだ」
オマエがいれば万が一のことも無ェだろ、という言葉を付け足して、それきり彼女はキッチンの奥に引っ込んでしまった。
もしかして、彼女なりの気遣いなのだろうか。記憶が無いならば無いなりに、少しでも多くのものを見て手掛かりを探した方が良い、ということかもしれない。お腹はすいてはいるが、動けないほどではなかった。
尻込みしていて始まらないし、鮮ちゃんの言うことももっともだ。うんと一つ頷いたあたしは、意を決して立ち上がる。
「……行ってきます! 艫居さんが忙しいなら、あたし一人でも」
「手前一人で、《帝都》の道が分かんのかよ」
「う。分からない……けど」
そもそも彼らが住むこの街が《帝都》と呼ばれていることすら知らなかったあたしに、どこに行くべきかなど分かるはずもない。大見得を切ったは良いが迷子になっては元も子もなく、どうしようと思っていれば、ずっと黙っていたレオさんと遥さんの視線が艫居さんに向く。
つられて、あたしも艫居さんを見る。
沈黙の間を置いて。
……仏頂面の細面が、一瞬だけ「びきり」と撓む。次いで、これ見よがしに嘆息がフローリングの床に零れ落ちた。
「……、分かった、分かったよ。そこの小娘連れて、行ってくりゃいいんだろ」
「! ありがとうございます!」
「うんうん、素直が大事だぬぇ」
「滅多なことなんて無いとは思うけれど、気を付けて行くんですのよ。二人とも」
根負けしたらしい彼もまた億劫そうに立ち上がれば、艫居さんを見つめていた二人もまたクスクスと笑う。なんとなく、この四人の中での力関係というのが分かってきたような気がする。
彼がすたすたと歩き去るのに慌ててついていけば、キッチンから出てきた鮮ちゃんに一枚の紙を渡された。そこにはいくつかの食材の名前が連ねてあって、なるほどこれがお使いの内容なのだろうと思いながら見上げれば、澄んだ蒼の瞳が一つ頷きを返す。
「ソイツのことは頼んだぞ。逃げねェように見張っててくれ、アイツす~ぐパチンコ行こうとするからよ。警官の癖になァ」
「なに小娘に吹き込んでんだ鮫女、別に警官が賭博いったっていいだろうが。見回りも兼ねてんだよ見回りも」
「嘘つけ有り金溶かしてくる癖に」
「ブッ込んで一か八かに賭けんのが醍醐味なんだろうがよ。つっても、餓鬼にゃわかんねえか」
「ハッ、分かりたくもねェなそんな不道徳は。我らが神に顔向けできねェわ」
「ええと……お買い物は……」
とめどない悪口の応酬――鮫女、というのは鮮ちゃんの特徴的な歯のことを揶揄しているのだろうか――を止めるべきなのかそれとも、と戸惑っていると、ひとしきり言い終えたのか鮮ちゃんが改めてこちらを向き直る。案外けろっとした顔をしている彼女は、首から質素な空色のエプロンを付けていた。
「どうせだ、気になったことは色々聞いとけ。別に艫居にゃ限らねェ、私でも、姐御でも、遥でもいい。言えないこと、知らないこと、自分で知るべきことなら言うからよ。知らなきゃ、思い出せることだって思い出せねェ。……そういうモンだろうしな、多分」
鋭い蒼は、しかし穏やかさを湛えてあたしを見下ろしていた。「多分かよ」「ッせェ、専門じゃねェんだから仕方ねェだろ」というやりとりを目の前に、あたしの脳裏にある言葉が蘇る。
『その目で見ておいで』、と。あたしの知らぬ誰かが、いやきっと、あたしが思い出せない大事な誰かが────脳裏で、そう優しく囁いてくる。見る。何を。街を? 人を? 答えは分からない、けれどもきっと、俯いて目を背けるよりは背筋を伸ばして目を合わせる方が、きっとずっとこの世界は生きやすい。
のだと、思う。だから、あたしは笑顔を返す。
「うん、ありがとう、鮮ちゃん。いっぱいきくね」
「ン。行ってこい」
一瞥した彼女は、すぐにまた踵を返してキッチンに消えていった。話している間、律儀にも広い玄関の片隅で先に靴を履いて待っていてくれていたらしい艫居さんのところにぱたぱたと走り寄れば、彼は彼でまた素っ気なく「行くぞ」と引戸を開けた。
ガラガラ、という音が鳴る。夕暮れの日が真っ直ぐに差し込んできて、靴を履こうと屈みこむあたしの視界を橙が鮮烈に灼いた。
眩しさに目を細めたのも束の間────暮れの中、薄いしょっぱさが鼻腔を満たす。汐の香りだと遅れて気付いてから、明るさに慣れた眼差しが靴を履いた足を引き連れて一歩を踏み出した。
ざざん、ざざん、と寄せては返す波の音は、少し遠い。ただ五感を包む鮮烈の中────ようやくあたしは、何も知らぬ世界に踏み込んだのだ。
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