第5話
現ノ宮学園。そこは、良家の子女が多く通っている名門校だった。本来なら、特別に勉強に熱を入れているわけでもない葉子が編入できる学校ではなかったが、そこは清崎が手を回してくれたらしい。葉子は、改めて金持ちの力を痛感し、呆れた。・・・もっとも、裏口で養子になった葉子は呆れていい立場ではないのだが。
この学校は、芸能活動をしている者もいるからか、校則がかなり緩かった。それは髪型や髪色に限らず、靴が自由な上、アクセサリーをつけている生徒も多い。
葉子も、ツメ(仕込みブーツ)を履いてこようと考えたが、初日からいきなり冒険するのも憚られたので、もう少し様子を見てから履いてこようと思った。ツメだけでなく、今日はクチバシ(ダガーナイフ)もハネ(スローイングナイフ)も持ってきていない。こちらも、もう少し様子を見て携帯する事にしようと考えたのだ。故に、今葉子が携帯している暗器は、梟の形をしたペンダントだけだ。無論、ただのペンダントではなく、嘴の部分を押すと、針が出てくる仕組みになっている。――ちなみにこのペンダントは、梟会のフクロウである証のようなものだったりする。
不意打ちが主流な暗殺任務ならともかく、護衛任務でこのペンダントが役に立つとは思えないが、持っていても損はないものなので、つけてきている。・・・流石に制服の内側に入れているが。
葉子は、クラスのHRで自己紹介をし、そのまま一時限目の授業を受けた。葉子が今まで通っていた高校は、偏差値が特別高いわけでも低いわけでもない普通の高校だったので、名門校である現ノ宮学園は、当然葉子が通っていた学校よりも授業が進んでいる。葉子は必死に食らいついたが、結局、内容の半分以上が理解できない状態で一時限目は終わった。
そして、勉強の先行きへの不安に呆然としているところに、「清崎さん」と声が掛けられたのだった。
俯いていた葉子が、すぐに顔をあげる。今までにも任務で偽名を使う事が多かったので、呼ばれ慣れない名前でも彼女が混乱する事はない。
葉子の机の周りには、クラスメイトの女子が七人集まっていた。彼女達は簡単な挨拶と、それぞれ自己紹介をし始めた。
葉子は自然な笑顔で対応する。しかし心の中では、「うまく彼女達と距離を置く事ができるだろうか」と考えていた。
葉子は、小・中・高と普通に学校に通っている。しかし、他の生徒のように普通に過ごせていたかと聞かれると、肯定できないだろう。これは葉子に限った事ではない。フクロウは皆、他の子ども――日向の世界に住む、堅気の子どもとは距離を置く事を強いられている。今までの学校では、こちらが施設育ちだったからか、きな臭さを嗅ぎとっていたのか、周りの子どももあまり彼等に近寄らなかった。
フクロウは不安定だな、と葉子は思う。
暗殺者として育てられ、人を殺し、その一方で、他の子どもに混じって何食わぬ顔で学校に行っている。日向と日陰を行き来する。だが、寄る辺は間違いなく日陰だ。人を
そこまで考えた時、ふと、疑問がよぎった。それなら自分は、今はどちら側なのだろう、と。
葉子は清崎に、「人を殺すな」と言われた。
悪事の基準が殺人だけとは言えないが、人を殺さずに相手を撃退するというのは、全く裏世界での考え方ではない。
ひどく、不安を感じた。自分が今立っている場所は、一体どこなのか。
自分は、どうしたいのか。
「清崎さん?」
声を掛けられ、葉子は我に返る。いつのまにか自己紹介が一段落ついていたようだ。葉子は自然な笑みを再び顔に貼り付け、大丈夫だと伝えた。
それからたわいもない質問タイムが始まるのかと葉子は思っていたが、周りにいる女子たちは緊張した面持ちで顔を見合わせ、その中の一人が代表するように葉子に言った。
「清崎さんって・・・清崎先輩の家の養子なんだよね?」
「うん、そうだよ」
そう言うと、周りの女子の目に羨望が浮かぶのが分かった。
「そうなんだ・・・いいなぁ」
「一緒に暮らせるとか羨ましい・・・!」
口々にそう言い体をよじる女子達に、葉子は無意識に顔を引き攣らせながら言う。
「・・・ええと、清崎先輩て人気者?」
「当たり前だよ!」
葉子の言葉に、皆食いつくように反応する。
「容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能・・・まさに三拍子揃った完全完全無欠の王子様!」
「生徒会長もやってるしね。先生からも信頼されてるし・・・あ、勿論学年問わずすごいモテるし!」
「へ、へえ・・・」
葉子は辟易しながらも関心した。
彼女達が、「清崎財閥の御曹司」と口にしなかったからだ。
清崎財閥は国内有数の大財閥だ。この学校に通っているのは良家の子女だが、その中でも清崎は抜きん出ているだろう。
それなのに、清崎の名に負ける事なく、多くの生徒の憧れの的になっているという事だ。
それから口々に彼を褒めちぎっていた彼女達だったが、休み時間の終わり際に、奇妙な事を言い出した。
「清崎さん、先輩女子には気をつけた方がいいよ」
「へ?どういう事?」
それまで恍惚としていた彼女達が急に深刻な顔をしだすので、葉子はきょとんとして聞いた。
「清崎先輩の過激なファン多いから。同居してるって知られたら目つけられると思う」
葉子は、流石に大袈裟だと思った。養子というちゃんとした理由があるのに、そんな誰彼構わずちょっかいを出すはずはないと。
しかし不幸な事に、それはれっきとした予言だったのだ。
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