第4話
清崎と一通り話した後に、葉子は涼太の部屋へ連れて行かれた。
清崎がノックをすると、涼太は少しだけドアを開け、面倒そうな顔をその隙間から覗かせた。
「涼太、この子が新しくうちの養子になる葉子ちゃんだ」
清崎は、そう言って葉子を涼太に紹介する。涼太は養子の話は聞いているが、彼女が護衛ということは知らない。当然、梟会の存在も。
「初めまして、葉子と申します。私も来週から現ノ宮学園へ通いますので、どうぞ宜しくお願いします」
「涼太、学校でちゃんと葉子ちゃんの面倒を見るんだぞ」
葉子に続いて清崎がそう言うと、涼太は不機嫌そうな顔を隠さずに言う。
「・・・そいつ、俺より一歳下なんだろ?あんま学校で顔合わすとは思えないんだけど」
「けど、通学は一緒だろう?葉子ちゃんはこの街初めてなんだから、色々と案内をしてやりなさい」
清崎の言葉に、涼太は溜め息をつきながらも頷いた。つい最近、護衛をつけるつけないで揉めたばかりなので、重ねて反抗をする事は躊躇われた。涼太は、突然養子をとると言った父親に驚きはしたが、それ以前にも、ライオンを飼いたいだのワニを飼いたいだの言い出したことのある変な親父だったので、涼太は父のその行動を「裕福な育ちだったから、孤児に同情したんだろう」程度にしか思わなかった。
その後、葉子と涼太は夕食時にも顔を合わせたが、涼太は黙々と食事をするだけで、会話はしなかった。葉子はというと、清崎から振られる話に当たり障りなく、かつ失礼の無い回答をする事に精力を注いでいた。
そして、葉子の登校する日がやってきた。それまでは、涼太とは食事の時しか顔を合わせていない。それ以外で涼太が何をやっているかなどは、部屋が離れていることもあり、全く分からなかった。
玄関から門へ向かう長い道を歩く。葉子が初めてこの家を訪った時は、車で門から移動したが。涼太はそれを拒んでいるらしかった。葉子も体力には自信があるので、そのことに不満は覚えなかった。
「いってらっしゃいませ、涼太様、葉子様」
大勢の使用人に頭を下げられる中門までの道を歩くというのは、葉子にとってはなかなか現実離れしたものだったので、鷹揚と歩を進める涼太の横を、辟易しながら歩いていた。
門を抜けた先にはもう見送りする者はなく、葉子はホッと息をついた。しかし安心したのも束の間、涼太は急に歩く速度をはやめた。葉子は慌てて追いかけるが、横に並ぶ前に涼太が乱暴に振り向いた。
「もう門を抜けたんだからいいだろ。ついてくるなよ」
突き放すように言われ、葉子は悟った。涼太は父親の前では葉子の同行に頷いていたが、家の者が見ていない場所では、距離を置く気だったのだと。
「他人の歩幅に合わせるのは嫌いなんだよ。面倒だから、お前はお前のペースで学校に行け。場所は分かってんだろ?」
そう言って涼太は、いっそう足を早めた。葉子にはその早めた速度で歩くことなど造作も無かった。しかし、ここで無理についていっても鬱陶しがられるだけだと判断し、葉子は、涼太に気づかれないようについていく事にした。
フクロウとしての技術を仕込まれた葉子には、音を立てずに涼太の後をついていく事など、朝飯前だった。
暫く歩いて、涼太は、葉子のことが気になった。自分のとった態度はかなり冷たかったと自覚していた。かと言って、葉子の事を心配したというわけではなく、泣かれていたら面倒だとしか考えていなかったのだが。
先程突き放してからだいぶ歩いたが、ここまで道は真っ直ぐだったので、振り返れば様子が分かるだろうと思い、涼太はちらと振り向いた。
すると、涼太の斜め後ろに、葉子がいた。
「うわぁっ!」
涼太は思わず、大声をあげる。この距離で人が歩いていたら、気配で気づくという自信が、彼にはあった。しかし彼は、こんな腕を伸ばせば触れるくらいの距離に誰かがいるとは、微塵も思わなかったのだ。それに涼太は、彼自身でも少し早すぎるな、と感じる速度で歩いていたのだ。それを年下の女の子が、息も歩調も見出さず、それどころか音も立てずについてきていた事に、軽い戦慄を覚えた。
加えて、プライドの高い涼太は、自分が女子に驚いて大声をあげたという失態に、心底腹がたった。
「なんだお前、きっもち悪いな!ついてくんなっつったろ!」
涼太は葉子に一矢報いようとしたのか、葉子に向かって腕を振った――無論、当たらない距離でだが――が、葉子は全く怯む気配がなく、平然とした表情で言った。
「ついてきちゃいけない理由は、他人の歩幅に合わせるのが嫌だから、ですよね?なので、涼太さんがそんな気をつかう必要のないように、気づかれずに歩けばいいのかと思いまして」
涼太はそれを聞いて、盛大で大袈裟な溜め息をつく。
「だからってあんなことされちゃ気持ち悪いに決まってるだろ・・・。それに、俺と歩いてもあんたにメリットないだろ」
葉子は、「あんたについていく事に一銭の価値もないけど、仕事なんだからしょうがないでしょ?」と心の中で吐き捨てた。無論、口にはださない。しかし、代わりに言うべき言葉も見つからなかった。
葉子が黙っていると、涼太は再び溜め息をつき、「俺はなぁ、今ちょっと危ない連中に狙われてんだよ。俺と一緒にいたらあんたも危ない。だから、俺に近寄るな」と言った。これは決して葉子を心配しての言葉ではなく、葉子を怖がらせて、離れてもらおうと思っての言葉だった。
勿論、その辺の事情を既に知っている上に、涼太には想像もつかない程の世の闇に浸かっている葉子は、微塵も怖がらなかった。
しかし、涼太のその発言を聞いて、「もしかしてこの人、ツンデレなのでは?」と思ってしまっていた。少しも心が揺らがなかったと言えば嘘になる。
葉子は、梟会内では多くの男性暗殺者を凌ぐ実力の持ち主だった。故に、男性に「危ないから」と心配された経験は、あまり無かった。
だからだろう。葉子は、言うつもりのなかった事を、口走ってしまった。
「だ、だからですよ!私が貴方を、守ります!」
葉子が失言に気づいたのは、驚いた表情を浮かべていた涼太が、溜め息をついた時だった。
「話にならない」
そう言うやいなや早歩きでその場を去ろうとする涼太を、葉子は慌てて追いかける。
「ま、待ってください!」
「だから、ついてくるなって!」
そのやりとりは、校門まで続いたのだった。
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