第22話 幕間02♢執事の独白 01

拝啓、この冊子を手にした奴へ──。

悪いことは言わないから、今すぐ冊子を閉じて何も見なかったことにしてくれ。いや、本当は俺以外がこれを読んでるなんてことがあっちゃいけないんだけどさ、いやもう、正直こうして紙に写してでもおかないと、俺の精神が歪みそうなんだ。

それから、これはマジな忠告だ。

多分もしこれを他人が読んじまったら、これを読んだお前は『消される』ってことだけ、覚えておいてほしい。ここまで言っておいて、これを拾った奴が読むとは思わないけどさ……善良な市民が俺にこれを返そうと、持ち主を探すために読むってことがないようにさ、注意書きさせてくれや。

見つけた奴は読まずに燃やすか、元の場所に戻しといてくれ。あんたは何も見なかったんだ、ってさ。

俺だって、優しい市民を消したくなんてないんだからさ。


*****


俺はある貴族の執事をやってる。

執事にしては粗野っぽい口調だろうが、ま、育ちの問題だよな。親父は昔、貴族様を殺す暗殺者なんてやってたんだ。生まれも育ちもシュバルドのスラム。そんな親父に育てられた俺も、気づけばこんな喋り方だ。

……いや、文章なのに喋り方ってのも変な話か?

ま、俺は家名もねえしがない下っ端執事だからな。頭が悪かろうと体さえ動きゃ問題ねぇ。

親父には執事として〜とか頭使う仕事も押し付けられるが、俺には向いてない。

ま、自分語りは早々にして、前置き通り、俺の精神が歪まないようにこれには俺が今まで見てしまった大人の闇やら俺の半生やらを書き綴ってやろうと思う。


まず初めに、これを書かねえとヤバいと思ってしまった事件について、書こうか。


あれは俺が仕えている貴族のお嬢サマの誕生日パーティーの日だった。

当家で開かれるパーティーだってんで、それはそれは多くのお貴族様たちがこぞって詰めかけていた。そう、俺が仕えている貴族とのコネ作りを目的にな。

お嬢の誕生日を祝うって名目で詰めかけてはいても、そいつらがお嬢にしたことといえばプレゼントを投げて寄越して、「私はなんとか家の誰それで〜、ぜひご両親にご挨拶を〜」って言うだけ。

実際にお嬢を祝うためだけにやってきたやつなんてほんの一握りだ。


とはいえ、そんなクズども相手でも俺らは使用人として媚び諂わなきゃならない。次々に置かれるプレゼントを誰からのものでどこに置くかなんて捌きつつ、ホールの給仕もして、とてんやわんやだった。

ふと気づいた頃には、お嬢への上流貴族の挨拶が終わって、下流貴族がどっと詰めかけてきていた。下流貴族が来た途端、お嬢の顔が強張っていく。

お上品に裏からヒソヒソと言う上流貴族と違い、下流貴族は分かりやすく敵意を向けてくるからだろうな。

そんなお嬢を見て、流石にフォローしてやらないとってお嬢の側に寄った時だ。

プレゼントを渡したある男爵が、お嬢にしか聞こえないようにボソッと吐き捨てた。


「養子のために、こんな盛大なパーティーを開くなんて」


ってな。

俺は執事ってことも忘れてそいつをぶっ殺そうと思ったよ。

5歳児に向けて言うことじゃねえ。しかも誕生日パーティーの最中に、だぞ?

一年で一番、お嬢だけが輝くはずの日だ。そんな日に、クソみてぇな見栄の為に、お嬢をこき下ろしやがった。


しかも、事実無根だ。

お嬢は確かにぱっと見、旦那様にも奥方様にも似ていないが、目の形は旦那様に似ているし癖っ毛なところや笑顔や仕草なんかは奥方様にそっくりなんだ。

それを、何も知らねえクソ貴族が!

お嬢を下に見て何を悦に浸ってんのか知らねえけどな!


……っと、今更そいつに対してまたキレても仕方ねえんだけどな。制裁済みだし。


そのセリフを聞いたお嬢は、手に持っていたグラスを落として小刻みに体を震わせていた。慌ててグラスを拾い、お嬢や来客が踏まないようにする。

騒動が収まってからは仕事に忙殺され、お嬢付きでもない俺がお嬢に話しかけられるはずもなく、時間だけがすぎていった。

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