第20話 二章♢ありがちなラブロマンス 08

「それだけじゃ、私が黙ってるメリットがないわ」


「…何がお望みです?」


私たちしかいない馬車の中で、お互いの安全を賭けた攻防が始まる。

私は両親や使用人たちに知られないようにだらけたいし、アルはオロバスに自分が腑抜けていたことをバラされるわけにはいかない。

私は遠回しに、『アルが両親に気後れして母の貴族らしからぬ言動を正すべきだったものを正さず、その上でサラに貴族らしさを説いたことをオロバスに言うぞ』と脅し、アルは『お嬢様が貴族らしさに欠ける行為をしたことを咎めただけと言う体裁はあるものの、観衆という証人がいる中で使用人としての行動ができなかったことを自覚している』ので、黙っていて貰うための取引を提案してきた。

表面上は普通に会話をしているだけに見えて、こうした言外のやりとりをしているなんて、とっても貴族らしいじゃない、とは思う。


外とはいえ、視界を遮られる馬車の中でだらけることはないことじゃない。いつ如何なる時も貴族らしく、と言うのは建前であって、流石に外敵のいない空間でだらけないというのは無理だ。

お風呂の時まで貴族らしくなんて、冗談じゃない。

家族しか見ていない中で、お上品にちまちまと食事をし、ほとんど食べずに残すだなんて論外だ。

幸いメルディロード家ではそういった思想が当たり前なので、家族しか居ない中で母が異国の踊り子シンデレラであることはないし、父が王子よりも王子らしい伯爵れいてつでいることもない。


つまり、私の方が手札が多いのだ。

だからこそアルは負けることがわかっていて、取引に応じると──言うことを聞くといってきている。


「お家帰るまで、寝かせて。あと、お家ついたら、長めのお風呂。」


「…奥様と旦那様には、なんと?」


「疲れたから、って伝えて。あ、あとご飯は大盛りで」


「はぁ…大盛りって…」


ため息には、『淑女らしからぬ』と書かれているんじゃないだろうか。

でも、育ち盛りな上、今日は特別、脳を使ったのだ。

心理戦に勝ったと言うか脅しに成功したんだし、それくらいいいじゃん!


「わかりました。そのようにしますよ。」


本当にお疲れみたいですし、とアルが言ったような気もするけれど、長い今日という色々と頭がおかしくなりそうな一日が終わって気の抜けた私の眠気が一気に襲ってきて、本当にアルがそう言ったのかは、分からなかった。

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