第19話 二章♢ありがちなラブロマンス 07

「いやいや、それはここでは…」


「その通りだよ、ディディ?」


ようやく会話に参加してきたお父様が、ニコニコしたまま母の肩に手を置いて、流れるように母の体を自分に引き寄せた。

──王子様かっ!

転びそうな女性をすいっと引き上げて微笑む王子様のようなその様子に、遠巻きにこちらを見続けていた群衆の女性たちが黄色い悲鳴をあげた。


「そういう大事なことは、みんな揃って我が家でじっくり聞かないと!」


「それもそうねワイズ! 早く帰ってお祝いの準備も進めないとよね!」


うふふあははと二人の世界に浸りながらも、大事なことをサクサクと進めていくロマンティック両親。

母を抱き上げてくるくると回る父。

母のたっぷりとしたスカートが、回転の遠心力でふわりと持ち上がり蝶のようにはためく。

と、客観的に見れば、大層美しく微笑ましい雰囲気ではあるんですが、ちょっと、やめてほしいです。

周囲の目が生暖かいというか、ほぅとため息をつくご婦人が多いのもそうなんですが。

い、いたたまれない!

こんな両親で羨ましいという言外の雰囲気が私に突き刺さる。それと同時に視界を埋め尽くすスカート。

さっきは胸に押しつぶされ、今度はスカートに包まれる。

果たしてそれが本当に羨ましいか?


「奥様、旦那様…その、そろそろ…」


先ほどの助け舟よりも言いづらそうに、アルが小さな声で両親に囁いた。

私がもう兎よりも無表情であることも、見えないながら察しているらしく、私の後ろに控えたままなんとか失礼にならないようにと四苦八苦しながらも声をかけたようだ。


「アルバスの言う通りだね、さぁ、帰ろうか。ディディ、アリス」


「はぁ〜い!」


「はい、お父様。早く帰りたい…疲れた…」

本当に濃い一日だった。神様とのやりとり、過去の記憶を戻されたこと、今までのサラとして記憶のフラッシュバック、そして母の熱烈なハグ、スカート。

くたくたの体を引きずって、馬車に乗り込む。

両親とは別の馬車なので、同乗しているのはアルだけだ。気にすることもないので、ぐったりとだらしなく脱力した。


「お嬢様、はしたない」


「…それ、私よりも言うべき人がいたんじゃないの?」


ピクッと口角を揺らがせたアル。してやったりだ。

たとえ使用人でも、オロバスは母の貴族らしからぬ立ち振る舞いにはしっかりと苦言を呈す。アルは次期執事長候補なので、ああいった観衆のいる場での意見も許されている立場なのだ。

だからこそ、私に対する助け舟的な発言も許されているんだけど。


「あ〜あ、お母様は人目がある中でスカート翻して走ってきて視線を集めてた娘に抱きついてその上お父様に抱えられて生足晒してたのにな〜っ!」


「わかった、わかりましたよ。私は何も見ませんでした。」

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