第2話 ありがちな前世の記憶? 01

「大アリよおおおおおおおおおお!!」


神殿にキンキンとした子供特有の高い声が響き渡った。神様連中は耳を塞いだり驚いた風を装ったり特に動じていなかったりと反応は様々だったが、ようやく心のままに叫ぶことができたので、ふう、とスッキリした息を吐いてかいてもいない汗を拭うように額を擦った。


「あらら、お嬢ちゃんは聞きたいことがあるんだってよ、エリオス?」


五柱最後の一柱、ライアルエアが飄々とした態度で肩をすくめた。男性体なのだが、少年のような顔に肩まである緑色の髪を三つ編みのように編んでいるのでぱっと見は男性なのかどうかが分からない。


「ええ、ええ、そうよねぇ。私も、そう思ったものぅ。」


エーテルコラが大仰に頷くが、「過去を見通して」彼女の本質を垣間見た今ではどうもその仕草が嘘くさく感じてしまう。

咳払いをして神様の注目をこちらに向ける。


「あのですね、まず、今見せられた『記憶』についてお伺いしたいんですが。」


10歳を迎えたばかりにしては流暢に、謙譲語を使って話し出す。

確かに、この世界の人間は大抵の人が前世の記憶を持っているが、記憶はあくまで記憶。簡単にいうと絵本の物語やドラマのような感覚で覚えているだけで、その精神に引っ張られて個人の性格が変わってしまうことはない。絵本の主人公を想像したからといって、自分は自分という個のままで、絵本の主人公になることはないからだ。つまり、知識として言葉を知ってはいても、それを自然に使うことはまずない。

けれど私は、すらすらとこの知っている言葉を自然に使うことができる。

それも、私が「トクベツ♡」と言われた所以なのだろうか。


「ええ、はい。記憶、お見せしました。前々世のですが。」


「なんで前々世なんですか! 普通、覚えていられないものですよね!? しかも、別世界とか!」


「ええ、まあ。」


アクアエリオスはさらりと流すが、まずこの状況もありえないのだ。

『神の祝福』は神様と気軽に会ってお話をする儀式ではないのだ。神様に会えるかどうかも分からない、平民なら精霊に会うだけ上々で、貴族でも三大天使に会うことができれば次期当主候補だというのに。

改めて神像を見上げると、そこには間違いなく五柱の神が顕現していた。神なんて、一柱に会えれば国が興せるような存在なのに。

それが、五柱?

なにこれ、転生ボーナスのチートフラグなの?

膨大な情報の塊が頭を駆け回るせいで、正直「ぼーなす」とか「ふらぐ」とか今の私、サラが知るはずの無い単語が飛び出してくる。頭が痛い。


先ほどアクアエリオスに強制的に見せられた記憶は、確かに、2歳で思い出した前世のものではなかった。


私は、この世界には存在しない国──「ニホン」の、女性だった。数えで27歳で、早々に結婚して普通の会社員だった。だが、その最期は普通じゃなかった。

仕事を終えて、帰宅を急いでいた。小雨が降っていたが、いつも携帯していた折りたたみの傘は昨日使ってしまったので干すために玄関先に転がしたままだったから、家までだとカバンを抱えて走ったのだ。家まであと信号を一つ、というところで、なんと不運なことか。

雷に打たれて死んだ。

そりゃあ思い出した直後に「……は?」なんて間の抜けた声を出してしまうはずだ。


ここで少し、前々世ではなく、私の前世について話しておこうと思う。

私の前世は才能のない魔術師だった。転生した時に、なんの事故かニホンの女の記憶を持ったままこの世界に生まれてしまったのだ。3歳からじわじわと思い出した(思い出してしまった)記憶に、感嘆した。ここは想像にあったファンタジー世界だと。僕は夢にまで見た異世界転生をしたんだ、と。

魔法のなかった世界の記憶があるからこそ、前世の私ーアレクサンドライト・シシリクスは魔法に過剰な憧れと期待を抱いた。ずっと好きだった某漫画のキャラクターのように火魔法や滅竜魔法を使いたいと、そればかり願っていた。そして迎えた『神の祝福』で、きっとチート能力が与えられるんだとウキウキだった少年に告げられた神の言葉は、


「ごめぇ〜ん、間違えちゃったぁ☆」


だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る