第38話

 『運び屋スカイ』は中層階級エリアを征服し、とうとう上流階級エリアにまでシェアを伸ばしていた。

 そんなある日のこと、本拠地である下層階級エリアの事務所に、ひとりの老人が訪れる。


「ふが、ふが、ふが……。おひさしふりれす、らふらいんひゃま……」


 その老人は黒いローブをまとい、フードを目深に被っていた。

 袖から覗く腕はミイラのように渇死していて、さらに歯が1本もないので何を言っているのかさっぱりわからない。


 老人が入れ歯をはめてようやく、言葉が聞き取れるようになる。


「お久しぶりです、ラブライン様」


「あの……すみません、どちら様ですか?」


「ワシです、ヒラクルです」


「ええっ、スカイ様のお父様の!? 少し見ない間にお歳を召されて、いったいどうされたのですか!?」


「いや、スカイという跡継ぎができて安心してしまったのでしょう。

 このとおり、すっかり老いぼれになってしまいましたわ」


 ラブラインは痛ましい顔をしていたが、隣にいたレディバグは厳しい顔つきで問う。


「ヒラクルよ、いったい何用なのだ?

 貴様の統括するハイランダー一族が、我らにどれだけのことをしたか、知らぬわけではあるまい」


「ああ、レディバグよ。もちろん知っておる。なにもかも、部下たちが勝手にやったことだ。

 しかし責任逃れをするつもりはない。先ほどスカイと会ったのだが、ちゃんと謝って許しを得た」


「なに、それはまことか?」


「当然だ。なにせスカイは我が一族を背負って立つ希望の星だからのう。

 そこで仲直りを記念して、ワシの屋敷で晩餐会を開くことにしたのだ。

 スカイはすでに屋敷で待っておる。みなさんも来るであろう?」


「はい、ぜひご一緒させてください。スカイ様が幼少期を過ごしたというお屋敷を、一度拝見したいと思っていたのです」


 『あおぞら荘』の10人の女性たちは、ヒラクルがよこした馬車に乗って事務所をあとにする。

 それから夕方になって、スカイが配達から戻ってきた。


「今日は隣国まで行く配達が何軒もあったから、一度も事務所に戻れなかったなぁ。

 昼メシも一緒に食えなかったから、ラブラインはきっと寂しがってることだろう」


 しかし事務所には従業員だけで、いつも花咲く笑顔で迎えてくれる女性陣はひとりもいなかった。

 不審に思って従業員に尋ねてみると、昼にヒラクルが来て馬車で連れて行ったらしい。


「なんだと!? どうしてラブラインたちはノコノコついていったりしたんだ!?」


「ヒラクル様は、スカイ様とはすでに仲直りされていて、いっしょに晩餐を召し上がるとおっしゃっていましたが……!?」


「そんなわけあるか! アイツは俺を『追放』してから、ただの一度だって会いに来たすらないんだぞ!」


 スカイは疲れた身体に鞭打つように、ヒラクルの屋敷に向かって飛んだ。

 しかしヒラクルの屋敷にはヒラクルどころか、ラブラインたちすらいなかった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 その頃ヒラクルは、セイクルド王国のはずれにある、とある岩山の山頂にいた。

 ステージのような岩棚の上には魔法陣があり、そのまわりには等間隔で磔台が。


 磔台には、10人の少女たちが拘束されていた。


「お父様、これはいったいどういうことなのですか!?」


「ラブラインよ、お父様などと気やすく呼ぶ出ない! これからワシのことは魔王様と呼ぶのだ!」


「ま、魔王ですって!?」


「左様! これよりセイクルド王国のハイランダー一族に伝わる、『神寄せの儀式』を始める!」


「『神寄せの儀式』だと!? それは、まさか……!?」


「左様! ハイランダー一族はもともと、邪神信奉の一族!

 だからこそ天から堕ちた神を神とは呼ばず、魔物として狩るという風習を定着させたのだ!

 なぜならば神は天から堕ちたのではなく、地の底からやって来る悪魔を喰らうために、姿を変えてやって来るのだからな!

 我らが神と信奉する、邪神が生み出した悪魔を!」


「ぐぐぐっ……! ハイランダー一族は、腐っているどころではなかったのか……!」


「なんとでも言うがいい! 『神寄せの儀式』は禁断の秘技とされておる!

 なぜならばその国の王女と乳母と騎士、さらに7人の生娘の生贄を捧げねばならんのだからな!

 儀式を行なった時点で、その国は滅ぶとされているのだ!」


「な、なぜなのですか!? スカイ様がおられれば、この国はもうハイランダー一族のもの同然ではないですか!」


「そのスカイこそが儀式の発端なのだ! あやつは無能であるうえに、このワシの言うことに逆らってばかりおったのだ!

 ヤツがこの国の王になどなったら、真っ先にハイランダー一族を迫害するに違いない!

 だからこそワシは、こうして最後の手段に出たのだ!」


「こ、こんなことをしても無駄です! スカイ様がきっと助けに来てくださいます!」


「ここは我が一族でもワシしか知らぬ秘境中の秘境!

 たとえスカイが千里を飛ぶ者だったとしても、この場所がわらかぬ以上はどうしようもあるまい!

 さぁ、月が雲に覆われた! 今こそ、魔界への扉が開く時!

 これからそなたらをたっぷり怖がらせて、その恐怖を糧に、我らが邪神を呼び出すとしよう!

 邪神が復活すれば、このワシは魔王となれるのだ!」


「いっ、いやぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!?

 す……スカイ様っ! スカイさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!!」


「わっはっはっはっはっ! 叫べ叫べ! 泣き喚け!

 そなたら助かるには、空から神でも降ってこねば……!」


 ……ドグワッ……シャァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!

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