第35話
馬車は空に導かれるように、ゆっくりと上昇していく。
それはまるで、馬がペガサスに変わったような瞬間。
俺の目の前には、スキルウインドウが開いていた。
『「ジャンプ」のスキルツリーに「ライドンジャンプ」と「昇天ジャンプ」が追加されました!』
知らなかった。
ジャンプのスキルって、乗り物に乗っていても有効だったのか。
眼下からは、神の奇跡を目の当たりにした絶叫が。
「ぐらららっ!? そっ、そんなっ!? 馬車が空を飛ぶだなんて!?
バカなっ、バカなぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!?!?」
崖っぷちよりもだいぶ手前で馬車を停めたアングラーは、自我が崩壊したかのように悶絶している。
しかし、その身をよじらせていたのは彼だけではなかった。
俺のすぐそばに立っていたランは、
「うっ……! んっ……! うぅんっ……!」
まるで敏感な部分を刺激されているかのように、色っぽい声を漏らしながら肩をビクビクと震わせていた。
「どうしたんだ、ラン!?」
すると彼女はたまらない様子の流し目を向けてくる。
「そ、空を飛ぶのが、こんなにキモチいいって知らなかったんですけど……!
まじ、チョーキモチいいっ……! ヤリサーでヤルのとは、比べものにならないくらいに……!
ランの脚はガクガクと震えている。
その太ももの内側に幾筋の汗が垂れ落ちていた。
「まっ、マジ、ヤバいんですけどっ! だ、だめだめだめっ、ダメだって!
あああっ、もう、立ってらんないっ……! あはあぁぁんっ!!」
ランは達してしまったかのように全身をビクンビクンと痙攣させると、くたっと俺にしなだれかかってくる。
「はぁ、はぁ、はぁ、はああっ……! すっ、すごい……! こんなの、はじめてっ……!」
俺は、いままで多くの女性を空に導いてきたが、その反応は十人十色だった。
感激するもの、泣くもの、笑うもの、怖がる者……。
しかしこんなリアクションをされたのは初めてだ。
見ると、馬車にいたギャルたちも腰砕けになって喘いでいる。
このままだととんでもないことになりそうだったので、俺はとりあえず元の崖に戻ることにした。
崖の上空で馬車を旋回させると、地上から悲鳴が聞こえる。
見ると、俺の馬車の馬が落とした馬糞が、爆撃のようにアングラーに降り注いでいた。
俺が馬車を地上に着陸させると、泥をかぶったように汚れきったアングラーがのたうち回っていた。
「ぐらららっ!? くさいくさいくさいっ、くさいーっ!?
裏社会でもっとも危険な男と言われ、多くのチンピラをクソまみれにしてきたこのグラがっ!?
許さんぞっ、スカイぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーっ!!」
挑みかかってくるアングラー。
しかしその間に、ギャルたちが立ち塞がった。
「……アングラー。あんた、ウチらのヤリサーに入りたいってずっと言ってたよね?
特別に、入れてあげよっか? ウチらとヤリまくろうよ」
「ぐらっ!? ほ、本当か!? ならいますぐ、その馬車のベッドで……!」
ギャルたちは腰のポーチから棒を取りだす。
それは先に丸いボールのようなものが付いていて、伸縮式のようだった。
……ジャキィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
伸ばすとそれは、なんと『槍』に……!?
「たっぷりヤッてやるよっ! そらそらそらあ!」
ギャルたちはアングラーを取り囲むと、その槍でボコボコにしはじめた。
「ぎゃああああああっ!? いだいいだい、いだぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーいっ!?!?」
ボロボロになったアングラーを、ギャルたちは器用に槍で吊し上げにする。
俺はそっとつぶやいた。
「『ヤリサー』って、槍の鍛錬をするサークルだったのかよ……」
すると、ギャルたちが一斉に俺のほうを振り向く。
南国の蝶のようなアイシャドウの瞼を、不思議そうにパチパチと瞬かせていた。
「え? スカイってば、いったい何のサークルだと思ってたの? ヤリサーっていったらそれしかないじゃん」
「そーそー! ママたちのずっとずっと前から続いているサークルだし」
「裏社会のボスの娘は代々、みーんなこのサークルで心と身体を鍛えてたんだよ!」
派手なメイクに気を取られていたが、彼女たちの瞳は年相応。
まるで部活動を楽しむ少女のように、純粋に澄み切っている。
なんだか急に、俺の心がひどく汚れているように思ってしまった。
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