第33話

 ギャルの金髪の巻き毛が風に煽られ、毛先が俺の顔をくすぐった。


 いきなりのトップスピードでの逃走、そしていきなりのギャルとの対面座位。

 俺は高度1万メートルの崖から突き落とされた時のような、嫌なアドレナリンがドバドバ出るのを感じていた。


 激しく流れる景色は極彩色に輝きはじめる。

 潤艶ピンクの唇が俺の顔に近づいてきていた。


 俺の前方はある意味で天国のようであったが、後方は地獄であった。


 馬車の後ろからは幾つもの蹄音と、「お嬢様をさらわれたぞ! 捕まえてブチ殺せーっ!」などという物騒な怒声が追い立ててきている。


 『ジャンプ』で飛んで逃げようにも、手首が馬車に繋がれてしまっている。

 それに高速で走っている馬車から女の子だけを置いて逃げるわけにはいかない。


 剥き立ての桃のような唇が触れる直前、俺は自由になる片手で、なんとかギャルを助手席に押し戻した。


「やめろ!」


「スカイってばもしかして童貞? きゃはははははは!」


「お前はいったい何なんだ!? 何だってこんなことをするんだ!?」


「ウチ、ランスロット! ランって呼んでくれていいよ!

 ウチ、刺激に飢えてるんだよね。だからさぁ、誕生日くらい刺激がほしくって」


「なんだそれ!? それでこんなことをしたのか!?」


「うん、でも考えたのはウチじゃなくて、最近ウチを口説いてるアングラーってヤツ。

 この馬車をプレゼントしてくれたんだけど、馬車を運んできた子を手錠で逃げられないようにして、さらわれたフリをすれば、サイコーに刺激的な誕生日になるって教えてくれたんだ!」


「くそっ、あの野郎っ!」


「あれ? スカイってばアングラー知ってるの?」


「知ってるもなにも、腐れ縁だよっ!」


「へー、そーなんだ! じゃあさ、今日1日ウチに付き合ってくんない?

 そしたらその手錠を外してあげっからさ!」


「ふっ……ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!」


「きーまり! 寄り道してほしいとこがたくさんあるんだけど、追っ手が邪魔だから振り切って!

 ほら、早く早く!」


 馬車で馬を振り切るのは普通は無理だが、これは動力のある魔導馬車。

 御者席には馬車のスピードを制御できるレバーがあって、それを倒すとグンとスピードアップした。


「きゃはははははっ! はやいはやい、はやーいっ! さいっこー!」


 ひとつ前違えば大クラッシュの速度だというのに、ランは大喜び。

 しかしおかげでなんとか追っ手を振り切ることができた。


 そのあとはランの言う『寄り道』をさせられたのだが、それが最悪だった。


 どこもランのような、裏社会で幅を利かせている者たちの屋敷。

 門にはランのようなギャルが待っていて、さっさと馬車に乗り込むと、


「きゃあああああああーーーーーーーーーーーーーーっ!? 助けて、助けてぇ!

 ウチ、スカイにさらわれちゃった、さらわれちゃったぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 そしてデジャヴのように集まってくるチンピラを相手に馬車チェイス、というのを繰り替えさせられた。

 6人目のギャルをさらったところで馬を休めようということになって、俺はランの案内で、とある山奥に隠れていた。


 そこは、最初にランをさらった屋敷の裏手にある山だった。


「ここはパパがウチにくれた山なんだ。ここなら安全だよ!

 まさか最初の屋敷に戻ってるとは誰も思わないっしょ?」


「そうかもな。

 でもラン、こんなのをあと何回繰り返せば気が済むんだ?」


「ああ、ギャルさらいならもう終わりだよ。

 これでサークルのメンバー全員が揃ったから!」


「サークル? なんだそれは?」


 するとランは、あっけらかんとした表情でとんでもないことを言った。


「ウチらギャルがやるサークルっつったら、『ヤリサー』に決まってんじゃん」


「やっ、ヤリサー!?」


「うん。この馬車もヤリサー設計になってるんだよ」


 馬車のそばにいたランが、馬車の外側に設えられていたレバーを倒すと、壁が動いて上に開いた。

 そこには大きなベッドがあって、さらってきたギャルたちが寝そべって寛いでいた。


 ギャルたちのスカートはみな短く、太もも丸出し。

 角度によってはパンツが見えそうだったが、彼女たちは気にする様子もない。


「でもいい男がいなくってさぁ、女しかいないんだよね。だからずーっとコレ●●


 ランは溜息をつきながら、ミニスカの腰に提げていた革ポーチをさする。

 それは長さからして警棒かなにかのケースのようだった。


 よく見たら、サークルメンバー全員がそのポーチを腰から提げている。


「そのポーチにはなにが入ってるんだ?」


 するとランは俺にずいっと顔を近づけてきて、


「男のいない『ヤリサー』で使うものといったら、ひとつしかないじゃん……!」


 するりと股間をなで上げられ、俺は飛び上がってしまう。


「いっ、いきなりなにをするんだ!?」


「きゃははははは! そのウブな反応! やっぱスカイってば童貞だわ!」


 こっ、こいつら、とんでもないビッチだ……!

 さすが、裏社会のボスの娘たちだけある……!


 そこにいたのはギャルという名の別の生き物だった。

 俺はまるで未知のモンスターを前にしたかのような恐怖を感じ、戦慄した。

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