第32話

 その日の俺は珍しくジャンプでの配送ではなく、馬車での配送をしていた。

 なぜかというと、その馬車自体を配送する必要があったから。


 その馬車は動く応接間みたいに豪華で、馬2頭で牽引できるとは思えないほど巨大だった。

 これは『魔導馬車』というヤツで、魔力で馬車自体にも動力があるという。


 馬車自体が動くので、牽引する馬の負担が減って長距離を走れるうえに、スピードも通常の馬車よりも速いというスグレモノ。

 この国ではまだ数台しか走っていない最新式の馬車だ。


 馬車には大きなリボンがかかっていたので、これはどうやら誕生日プレゼントらしい。

 馬車一台をプレゼントされるなんて、どこの大金持ちだよと思っていたのだが……。


 案の定、配送先はお屋敷だった。

 それも、俺が昔住んでいたハイランダー一族の住まいを彷彿とさせるほどの、山ひとつを丸々敷地にしているようなお屋敷。


 どんな悪いことをやったらこんなデカイ屋敷に住めるんだよ、とは口には出さずに配達する。

 見上げるほどに大きな正門の前で、門番に取り次いでもらう。


「ちわっす。『運び屋スカイ』です。

 えーっと、アングラー様から、ランスロット様へのお届け物です」


 伝票を読み上げてから俺は、差出人がハイランダー一族の『裏社会』担当のヤツであることに気付いた。

 ということは、やっぱりここは裏社会の組織のボスかなにかの屋敷なのだろう。


 「どちらにお運びしましょう?」と門番に尋ねたら、門の通用口からひとりの少女がひょっこりと顔を出した。

 その少女は金髪の巻き毛に派手なメイクで、いかにもギャルといった風体だった。


 少し大人びて見えるが、歳はラブラインと同じくらいだろう。

 ラブラインと同じくナイスバディだが、身体の線がわかりにくい服装のラブラインと違い、着崩した学校の制服姿。


 彼女は馬車を見るなり、紫のアイシャドウをパッと見開いた。


「あ! アングラーのヤツ、マジで馬車を送ってくれたんだ やりいっ!」


 この時、俺は馬車の御者席に座っていた。

 ギャルはとてとてと走ってくると、俺の隣にどっすんと腰掛ける。


「おいおい、いったいなにを……」


 と俺が言う間もなく、ギャルはどこからともなく取りだした手錠を、俺の手首にガチャリと掛けた。

 もう片方のワッパを、馬車の手すりに掛ける。


「なっ!? いったい……!?」


 俺が抗議する間もなく、ギャルは深呼吸して大きな胸を膨らませると、あたりに絶叫をまき散らした。


「きゃあああああああーーーーーーーーーーーーーーっ!? 助けて、助けてぇ!

 ウチ、スカイにさらわれちゃった、さらわれちゃったぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 さらに手綱を握っていた俺の手をとり、ばっしんと馬を打ち据える。

 悲鳴を聞きつけて門から飛び出してきた、いかにもガラの悪そうなチンピラどもを蹴散らすようにして、馬車は走り出した。


「お前、いったい何をっ!?」


 俺はいきなりトップスピードで走り出した馬車を制御するのに精一杯で、そう問うだけで精一杯。

 助手席に座っていたギャルは、ミニスカートがめくれあがるほどに両足をバタバタさせてケタケタ笑っていた。


「きゃはははははは! 逃げろや逃げろーっ! でないと捕まっちゃうよぉ?

 ウチのパパ、裏社会の組織のボスですっごく怖いんだから、捕まったら殺されちゃうよぉ?」


「こんなことをして、いったいお前はなにが目的なんだ!?」


 すると、ギャルは走っている馬車からおもむろに立ち上がると、大股を開いて俺の上に乗っかった。

 スカートのごしの薄布を、俺の股間にグリグリとこすりつけてくる。


「なっ、なななっ!?」


 ありえない出来事の連続に、俺はもうパニック寸前。

 ギャルは妖艶な笑みでルージュの端からペロリと舌を出すと、甘やかな吐息とともに、とんでもないことを言った。


「走ってる馬車でヤリまくると、振動が加わって超キモチいいんだって。試してみよっか……?」

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