第31話

「ぐっ……! ぐぐぐぬっ! スカイめぇ! どこまでもこのワシを邪魔しおってぇ!」


 王城から屋敷へと戻る馬車のなかで、ヒラクルは荒れに荒れていた。

 先刻の評議会で、ありえないほどの醜態を晒してしまったから。


 それはあまりにも痛ましく、国王にまでこんなことを言われてしまったほどだ。


「……ヒラクルよ。スカイ殿とラブラインが結婚した暁には、そなたには元老職に就いてもらうつもりであったが……。

 それは少し、考え直さなくてはならぬようだな。

 それ以前に、一族の長であるそなたがそのような体たらくなのであれば……。

 我が国の要職にいる、そなたら一族の者たちの人事についても見直すべきであろうな。

 それとヒラクルよ、そなたには正式な沙汰があるまで、この城に近づくことを一切禁止する。

 本来であれば、そなたの爵位を剥奪してもよいのだが……。

 そなたら一族の英雄である、スカイ殿の活躍に免じて、それだけは許してやろう」


 いままで国王の傍らには必ずハイランダー一族がいて、右腕のように頼りにされていた。

 それなのに、こんな屈辱ともいえる言葉を賜るのは初めてのことであった。


 馬車が屋敷に到着すると、ヒラクルは扉を開けてくれる使用人たちを次々と蹴り上げ、ずんずんと廊下を進む。


 途中にあった壺を手当たり次第に叩き割り、絵画を引き剥がし、彫像をなぎ倒す。

 自室である書斎に戻るまでには、廊下は大魔神が通った後のような有様になっていた。


 書斎机にどすんと腰を降ろすヒラクル。

 応接スペースには、先客がいた。


 先客は、地獄の釜蓋が煮え立つような音で笑う。


「グラグラグラ……! ヒラクル様、ずいぶん荒れておいでのようですな」


「なんだ、アングラーか。相変わらず、勝手にワシの書斎に入りおって」


 ヒラクルは革張りの椅子を回転させてアングラーを見る。

 アングラーは眉をひそめた。


「グラッ? ヒラクル様、なんだか急にお歳を召されたような……?

 王城に行かれている間に、いったい何がおありになったのですか?」


「そんなことはどうでもいい! それよりも、こんな所で油を売っている場合ではなかろう!

 裏社会に入り込むことこそが、お前の役目であろうが!」


 セイクルド王国のハイランダー一族は、主に四つの役割によって構成されていた。


 主に表社会の名声を獲得するための、『神狩り』と『神使い』。

 活動資金を稼ぐための、『ハイランダー運送』。


 さらに『裏社会』。

 これはこの国のアンダーグラウンドな部分を支配する役割である。


 そう。

 ハイランダー一族は表と裏、両面からこの国を牛耳ろうとしていたのだ。


 そしてアングラーこそが、その『裏社会』の担当であった。

 光の差さぬ応接スペースで、彼は笑う。


「ぐらぐらぐら……! 『裏社会』は夜に動き出しますから、昼間は特にすることはないのです。

 それに例の『伝説のサークル』のことでしたら、もう間もなくグラの手に落ちるところです」


「裏社会の組織、そのボスの娘たちだけで構成されているという『伝説のサークル』……。

 お前がそこに入りこむことができたら、裏社会は手に入ったも同然……!」


 顔をいやらしくひん曲げるヒラクルに、ふとある考えが閃いた。


「そうだ。そのサークルを壊滅させるのだ!」


「ぐらっ!? なにをおっしゃいます!?

 そんなことをしたら、裏社会すべてを敵に回すことになります!

 いくら我がハイランダー一族とはいえ、ただではすみませんぞ!」


「そうだ。ワシらでも大変なことになるであろう。

 もしその壊滅させた罪をスカイに着せたら、ヤツはひとたまりもないであろうなぁ……!」


 アングラーは気付いていた。

 いや、屋敷の使用人たちも、すでに気付いていた。


 ヒラクルはスカイに屈辱を与えられ続けたあまり、スカイを失墜させるためであれば手段を選ばなくなっていると。

 その兆候は、フロイランの毒殺を企てたあたりから如実に表れはじめていた。


 瞳はすでに、狂気の炎を宿している。

 しかしそれを止めることは、誰にもできなかった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 最近の俺は、公私ともに最高の状態にあった。


 先刻、俺はアギョとウギョを撃退したのだが、その時の『ハーレムジャンプ』のインパクトが絶大で、女性陣たちは俺に惚れ直したようだ。

 今では目が合うだけで彼女たちはウットリした表情になり、ポッと頬を染める始末。


 そしてアギョとウギョはフロイラン毒殺未遂の罪で、いけすか野郎といっしょに投獄される。

 『ハイランダー運送』の中層階級エリアのボスであった彼らがいなくなったおかげで、嫌がらせがほとんど無くなった。


 俺はここぞとばかりに中層階級エリアに『運び屋スカイ』の営業所を展開し、どんどんシェアを奪っていく。


 従業員の数はすでに100名を越し、この国の運送業では2位の規模となった。

 もう社長室でふんぞり返っていてもいい身分なのだが、俺はずっと現場で働き続けている。


 長いこと荷物運びをやっていたせいか、重い荷物を背負って飛び回っているほうが性に合ってるんだ。


 ハイランダー一族は、今まさに地獄に向かう坂道を駆け下りているところだった。

 しかし今の俺は、そんなことを知る由もない。


 俺の人生はそれとは真逆で、天国の階段を駆け上がっているほどに絶好調だった。


-------------------爵位一覧


大公

 ヒラクル


侯爵

 NEW:アングラー


伯爵

 スカイ


子爵


男爵

 タランテラ


廃爵


追放

 アギョとウギョ

 フロッグ

 ブルース


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