第29話

 次の日の朝。

 セイクルドはいつものように、頬を撫でられて目覚める。


 ハーレムの女たちに囲まれて迎える朝はいつも最高であった。

 そして彼は王なので、服のボタンひとつ止めることも、食卓のスプーンを自分で持つこともしない。


 身の回りのすべてのことを女たちにやらせあたと、執務のために自室を出る。

 そこで急に、彼の足取りは重くなった。


 なぜならば今日は、月に一度の評定会議。

 この『セイクルド王国』にいる王族や貴族などの権力者が一同に会し、さまざまな議論を交わす。


 セイクルドはこの国の最高権力者であったが、何をするにも他の王族や貴族などのバランスを考えなくてはならなかった。

 彼らの協力があってこそ、為政はスムーズにいく。


 時には国王の権力で強引に話を推し進めることもあったが、もしそれが失政となってしまえば、この評定会議で吊し上げをくらうことになるのだ。


 昨今の会議の話題は専ら、スカイの『おためし婚』。

 スカイが『おためし婚』を成功させるには、権力者の賛同が一定数は必須であった。


 通常『おためし婚』をするのは王族や貴族の人間なので、そのあたりの立ち回りは心得ている。

 権力者たちに積極的にゴマをすりに行き、支持集めをするのが普通なのだが、スカイは一切そういうことをしていない。


 そのせいで、評定会議ではスカイの王としての資質が疑問視されていた。

 セイクルドとしては、娘が結婚に前向きなので、親としてはなんとかして望みを叶えてやりたかった。



 ――しかしスカイ殿は運送会社で働くばかりで、権力者たちには挨拶にも行っていないというではないか。

 いやはや、いったいなにを考えているのか……。



 それが目下のセイクルドの悩みであった。

 そして今日の評定会議では、さっそく爆弾が投下される。


 王位継承順2位にして、名実ともに王室のナンバー2である、オミネリアが声を荒げたのだ。


「昨晩、我が屋敷では娘のフロイランの誕生パーティを行なっておった!

 しかしそこにスカイ殿が現れて、とんでもないことをしてくれたのだ!」


 会議に参加していた権力者たちは、一斉にざわめいた。


 オミネリアは何かというとセイクルドの政策にケチを付ける、いわば目の上のたんこぶ。

 スカイの『おためし婚』についてもずっと反対の立場であった。


 セイクルドは苦虫を噛みつぶしたような顔になる。



 ――スカイ殿がなにかやらかしたのか!?

 よりにもよって、オミネリアの機嫌を損ねるとは……!


 きっとオミネリアはこの不祥事をたてに、『おためし婚』の中止を言い出すに違いない!



 セイクルドの隣に座っていたヒラクルは、ニヤリと笑んでいた。



 ――どうやら、アギョとウギョがうまくやったようだな。

 ならばここは、真っ先に手柄をアピールをしておくに限る……!



 ヒラクルは立ち上がり、両手を広げて雄弁を振るう。


「そこから先は、このワシからお話させていただきましょう!

 昨晩、スカイのヤツはフロイラン様の誕生日に、毒入りのニシンのパイを届けたのです!」


 セイクルドは仰天した。


「なっ、なんじゃと!? それはまことか、ヒラクル!?」


「左様でございます! スカイはオミネリア様が『おためし婚』に反対だと知っておったようです!

 スカイは他人の脚を引っ張ることしかできない、無能のろくでなし……!

 ワシはすぐさまスカイを『追放』処分に処し、誠に勝手ながら『おためし婚』の無効を言い渡したのです!

 スカイの魔の手から、オミネリア様をお守りするために!

 そうすれば、スカイはきっとワシを狙ってくるだろうと思っておったのです!

 しかしまさか、ワシではなくオミネリア様を逆恨みし、最愛の娘であるフロイラン様を毒殺するとは……!

 ヤツはまさに、悪魔のような男であったのです!

 スカイはすでに追放済みですが、我が一族が責任を持ってヤツを捕らえ、斬首台に掛けることを誓いましょう!」


 参加者たちは口々に言った。


「なんと、スカイ殿はとんでもない悪人ではないか!?」


「ううむ、ヒラクル殿は止めようとしていたようだが、まさかフロイラン様がお亡くなりになるとは……!」


「こればかりは仕方あるまい! まさか娘を狙うなどとは思いもせんからな!」


「オミネリア様のお命がご無事だっただけでも、よしとせねば!」


 しかし、当のオミネリアはキョトンとしていた。


「……? ヒラクルよ、そなたはなにを申しておるのだ?

 我が娘、フロイランは死んでなどおらんぞ?

 むしろスカイ殿のおかげで、ずっとふさぎこんでいたフロイランが、以前のように明るくなったのを、大変感謝しておるのだが……」


「えっ」

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