第28話

 朝起きると、ナニーナがいた。

 布団のそばで正座していた彼女は、慣れた手つきでタタミに三つ指つくと、深々と頭を下げた。


「おはようございます、旦那様。よくお休みになられましたか?」


 伏せた身体の脇から胸がはみ出しているのが、彼女の母性の大きさを物語っているようだ。

 俺は目を奪われないように注意して、彼女に問う。


「ああ。今日は、ナニーナひとりなんだな」


「はい。本日は疑似新婚生活を営む日となっておりますので」


「このまえラブラインとやったやつか。でもあれってラブラインだけじゃないのか?」


「はい。『おためし婚』のときはそうだったんだけど、今は『おためし婚』ではありませんので、私も対象となったの」


「なに? 『おためし婚』じゃなかったら、今やってるのは何なんだ?」


「『おためしハーレム』よ」


 『おためし婚』自体が俺にとっては浮世離れした言葉であり、風習だった。

 しかしそれ以上に荒唐無稽な単語が飛び出したので、俺は一瞬理解が遅れてしまう。


「あっそう、おためしハーレムね……。って、ハーレムぅ!?」


「はい。スカイ様はハーレムをご存じありませんか? 複数の女の子を妻として娶ることよ」


「それは知ってるよ! 王族ってのは、おためし感覚でハーレムを扱うのか!?」


「ええ、もちろん。これは女の子側にとってもメリットがあるのよ。

 いちど入ったハーレムというのは、女の子の意思では抜けることができないの。

 でもおためしであれば、本当のハーレムが始まる前に、男の子が仕えるに相応しい人物なのかを確かめることができるでしょう?」


「なるほど……。って、俺の意思は!?」


「あら、嫌だったかしら? 私はスカイ様のハーレムに入りたいのだけれど……」


 微笑みの中にわずかな困り眉を浮かべるナニーナ。


「私は乳母の一族に生まれて、ずっと乳母となるために育てられたから、男の子と付き合ったことがないの。付き合いたいと思ったこともなかったわ。

 でもスカイ様には胸がキュンってなっちゃって……。

 これはたぶん、私の初恋……」


 ナニーナは切なそうな表情から一転、祈るような表情で俺を見つめる。

 とうとう拝むように胸の前で手を合わせ、脇からまたしてもむにゅりと胸をはみ出させていた。


「初恋かどうかを確かめるためにも、私をスカイ様の『おためしハーレム』に入れてほしいの!

 お願いします、ねっ!?」


 美女にここまでされて、嫌と言えるわけがない。

 「わかった、いいよ」と頷くと、「よかったぁ!」と童女のような笑顔を浮かべるナニーナ。


「それじゃあさっそく、膝枕しましょうか」


「え? 膝枕? なんで?」


「恋人同士といえば膝枕でしょう? 私、彼氏ができたら膝枕してあげるのが夢だったの!」


 ハーレムに入れるのがよっぽど嬉しいのか、ナニーナはいつになくはしゃいでいる。

 その笑顔に水を差すのも野暮だろうから、少しだけ付き合ってやるとするか。


 やおら、ナニーナは後ろに手をついて「よいしょ」と上背を反らす。

 重そうな胸を見せつけるようなポーズに何事かと思ったのだが、どうやら膝のスペースを空けているようだった。


 「さぁどうぞ」と、ぴったりと閉じている太ももをポンポンと叩いて促すナニーナ。

 俺は少し戸惑ったが、むっちりとした胸と太ももの間に頭を滑り込ませるようにして横になる。


 次の瞬間、『ジャンプ』が得意な俺でも突き破れないほどの曇天が、頭上に覆い被さってきた。


「むぎゅーっ!?」


「うふふ、おっぱいクッションでちゅよぉ~。これ、ラブライン様も小さい頃は大好きだったんでちゅよぉ。

 スカイ様、気持ちいいでちゅかぁ~。あん、出ちゃだめでちゅよぉ。

 このままネムネムしましょうねぇ~。ねーんねんころりよ、おころりよぉ~」


 俺は起きたばかりだというのに、いきなり赤ちゃん言葉の乳母に寝かしつけられるという、想像だにしなかったプレイを強いられる。

 しかし彼女の子守歌を聴いたとたん、母の胸に抱かれる赤子のように眠ってしまっていた。

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