第19話

 『神使い』タランテラを倒したスカイ。

 さっさとコロシアムをあとにし、配送を終えて事務所に戻っていた。


 事務所の入口では、いつもは『運び屋アイロス』の看板が出迎えてくれるはずなのだが……。

 その看板は、ペンキ塗り立てで真新しいものに変わっていた。


 『運び屋スカイ』と。


 事務所の前では新屋号の設置を終えたばかりのアイリスが、満足そうに看板を見上げている。

 そばにいるラブラインとナニーナも嬉しそうだ。


 スカイがその後ろにスタッと着地すると、女性陣たちは一斉に振り返り、華やぐ笑顔を向ける。


「あ、おかえりスカイ!」「おかえりなさいませ、スカイ様」「配達ご苦労様です、スカイさん」


「おいおいアイリス、なんだこの看板は?」


「屋号を変えてみたんだよ」


「それは見ればわかるよ。なんだって俺の名前なんだ?」


 すると、アイリスは急にはにかんだ。


「えっと、昔……ママがこの運送会社の社長だったころ、従業員だったパパの名前を屋号にしたんだって」


 屋号を想い人の名前に変更する。


 これは、女ばかり生まれるアイリスの家に代々伝わる、男をゲットするための秘伝の一手。

 そして、伝説の樹の下に呼び出して告白する行為に匹敵するほどの、最強の一手であった。


 アイリスはラブラインが現れたことにより、『スカイが好き』という気持ちに気付かされた。

 たとえスカイがラブラインと結婚するようなことになっても、その前にこの気持ちだけはしっかり伝えておきたいと思ったのだ。


 もし恋に破れたとしても、この屋号があればひとりでも生きいける、という思いを胸に。

 しかしスカイは鈍いので、こんな間接的な手段が通用する相手ではなかった。


「そうか、飽きたら戻しとけよ」


 スカイはあっさり切って捨てる。

 看板をくぐって事務所の中に入ると、さっさと次の配送のための荷物をバックパックに詰め込み始めた。


 アイリスは思わずズッコケそうになったが、あきらめない。


「というわけで、今日からスカイがこの会社の社長さんね! ぼ、ボクは社長夫人ってことで!

 ラブライン様……じゃなかったラブマニティちゃんが社長秘書ってことで!」


 これはある意味、王女への宣戦布告でもあった。

 しかしスカイ以上にアレな彼女には通用しない。


「まあ! わたくしをスカイ様の秘書にしていただけるのですか!? 夢みたいです!」


 ナニーナまでもが「よかったわね、ラブマニティちゃん」と一緒になって喜ぶ始末。

 アイリスは思わず握り拳を固める。



 ――こっ、この天然集団めぇ……!



「『運び屋スカイ』だとぉ!? へっ、調子に乗りやがって!」


 ふと事務所の外から、いかにもガラの悪そうな声がした。

 出てみるとそこには、大勢のチンピラたちが。


「あっ!? お前たちは『ハイランダー運送』の!? 何しに来た!?」


 今まで彼らにさんざん嫌がらせされてきたアイリスが食ってかかる。

 チンピラたちはゲヒヒと笑った。


「お前ら最近、俺たちのシマをさんざん荒らしてくれてるようだなぁ!

 だからこうやって、挨拶に来たのよ!

 お前のとこの『用心棒』がちょうどいないのが残念だけどなぁ! ゲヒヒヒヒヒ!」


 『用心棒』というのはレディバグのことである。

 チンピラたちは、女騎士がまだコロシアムにいることを知って攻め込んできたのだ。


「さぁて、それじゃあたっぷりご挨拶といこうか!

 スカイはクソ雑魚だから、一発で殺しちまわないように注意しろよ! たっぷりいたぶってやれ!

 そして女どもはたっぷり可愛がってやれ!

 店もメチャクチャにして、二度と配送ができねぇようにしてや……はぶうっ!?」


 音頭を取っていたチンピラは、いきなり頭を金槌で殴られた衝撃に見舞われ、思わずよろめきそうになる。


 しかしその場からはピクリとも動けなかった。

 さらに急に視界が低くなり、まわりの仲間たちが青い顔で見下ろしているのが見えた。


 そして、ようやく気付く。

 自分の身体が肩から上だけを残して、地面に埋没していることに……!


「なっ!? なんだ!? なんなんだ、いったい!?」


 もがくチンピラの頭上には、スカイが直立不動で立っていた。

 まるでサイコパワーで世界を支配しようとする悪の帝王のように、腕組みのままニヤリと笑う。


「俺は、今までの俺とは違うぞ……! さぁ、踏んづけられたいヤツからかかってこい!」


 スカイの眼前には、スキルウインドウが現れていた。


『「ジャンプ」のスキルツリーに「ヘッドジャンプ」が追加されました!』

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