第9話

 俺はあてもなく城下町をさまよい歩き、気付くと下級階層のエリアにまで来ていた。

 子供の頃はよく遊びに来ていたが、使用人になってからは自由がなくなり、来ることもなかった場所だ。


 移り変わりの激しい上級階層のエリアと違い、ここは昔から変わっていない。

 なんだか懐かしい気分になって、少しだけ元気が出てくる。


 歩き回っていると、ふと、路地裏から悲鳴が聞こえてきた。

 見ると、ひとりの少年が倒れていて、チンピラのような男たちに踏みつけられている。


 俺は反射的に叫んでいた。


「お前ら、なにをしてるんだ!? やめろっ! やめろーーーーーっ!!」


 そのへんに落ちていた棒を拾いあげ、チンピラたちに向かっていく。

 ヤツらは俺に気付くと、「このへんでいいだろう、逃げろ!」と路地裏の奥に消えていった。


 俺は棒を放り捨て、少年を抱き起す。


 ショートカットの髪に、あどけない顔立ち。

 生傷だらけのその顔を見た途端、俺は「あっ」となった。


「お前はアイリスじゃないか!? おい、しっかりしろ!?」


 アイリスは腫れあがった瞼を押し開けるようにして、俺を見た。


「う……ううっ、スカイ……!? どうして、ここに……!?」


「そんなことは今はどうでもいい! 大丈夫か!?」


「ぼ……ボクなら大丈夫だよ……。でも、『運び屋』が……!

 うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーんっ!」


 アイリスはいきなりせきを切ったように泣き出したので、俺は慌てた。


 彼女●●はアイルーリスという名で、アイリスは愛称。

 俺がお坊ちゃんだった頃、この下層階級エリアで知り合って仲良しになった、いわば幼なじみのようなもの。


 彼女はこの下層階級エリアにおいて、父親から受け継いだ家業である『運び屋アイロス』を営んでいる。


 『運び屋』というのは、頼まれた物品を運ぶ仕事、いわゆる運送会社の小規模なもの。

 彼女が急に泣き出したのは、その『運び屋』にまつわることだった。


 アイリスは腫れあがった顔のまま、涙ながらに語る。


「ううっ……! さっきのは『ハイランダー運送』のヤツらで、事あるごとにボクに嫌がらせをしてきてるんだ……!」


「ハイランダー運送!? 下請けとして使ってもらってたんじゃないのかよ!?」


「それは、スカイがうちを推薦してくれてた頃の話だよ……。

 スカイが廃爵になってからは、下請け契約も一方的に打ち切られたんだ……。

 それでも、パパがいたからなんとかなってたけど……。

 パパが死んじゃってからは、従業員もみんないなくなって、ボクひとりで……。

 『ハイランダー運送』の嫌がらせも、どんどんひどくなってきて……」


 『ハイランダー運送』は言うまでもなく、ハイランダー一族が営む運送会社だ。

 ヤツらはシェアを独占するため、ライバル関係にある者たちに嫌がらせをしているんだろう。


 アイリスは封筒をきつく抱きしめていた。


「ううっ、商会から頼まれた書類を、今日じゅうに銀行に届けなくちゃいけないんだ……!

 でももうすぐ、銀行が閉まっちゃう……!

 間に合わなかったら評判がガタ落ちになって、今度こそ『運び屋アイロス』は廃業になっちゃう……!

 ボクはどうなってもいいけど、代々続いてきた『運び屋』がなくなるのが、悔しくて、悔しくて……!

 ううっ……! うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーんっ!」


 俺は決意を固めると、アイリスの身体の下に手を回し、そのまま抱き上げる。

 ラブにやったのと同じ、『お姫様抱っこ』で。


 子供の頃は彼女のほうが背が高かったのに、今ではだいぶ小柄に感じる。

 そしてラブよりもさらに軽く感じた。


 なおも胸元で泣きじゃくる彼女に、俺は励ますように声をかける。


「俺に任せろ。今から俺といっしょに、その書類を届けにいくぞ」


「うぐっ……! ひっく! うえぇ……! 無理だよ!

 ここから銀行までは、どんなに急いでも1時間はかかるんだよ!

 空でもとべなきゃ、絶対に間に合わ……」


 ……どばひゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!


「えっ!? ええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」

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