第4話
俺はコテージの屋根の上に、ふわりと着地するつもりでジャンプした。
しかし力加減を誤ってしまったのか、コテージの屋根を突き破り、気付くと居間にいたブルースの兄貴の顔を思いっきり踏んづけてしまっていた。
衝撃でブルースの兄貴……いや、もう赤の他人だからブルースでいいか。
ブルースは『男爵』だが、爵位なんて俺にはもうどうでもいい。
ブルースの身体は床を突き破り、肩から下が埋没していた。
顔には『屈辱ドロップキック』の証である足跡がついている。
ドラゴンのときは足跡はやたらと大きかったが、今回の足跡は普通サイズだ。
どうやら、蹴った対象の体格により足跡の大きさも変わるらしい。
いや、今はそんなことはどうでもいい。
俺はもはや赤の他人とはいえ兄貴を蹴り殺してしまったのかと心配したが、ブルースは白目を剥いたまま「ぶるるるる……」と唸っていた。
どうやら死んではいないようだ。
ひとまず胸をなで下ろしていると、ふと背後から呼びかけられた。
「あの、すみません、そちらにいらっしゃるのは、どちら様なのでしょうか?」
鈴音のような美しい声に振り返ると、そこには見目麗しいロングヘアの美少女がいた。
「あ、あなたは、ラブライン……!? いや、ラブライン様!」
「ああ、わたくしをご存じなのですね!」
ラブライン・フォン・セイクルド。
彼女を知らないヤツなんて、この国のどこを探したっていないだろう。
だって彼女はこのセイクルド王国の王女のひとりなんだ。
魔物と化した神を鎮める力を持っていることから『姫巫女』と呼ばれている。
『神狩り』をする魔物が強大な場合に同行することがあるが、その時は俺は連れていってもらえずにいた。
なので彼女と言葉を交わすどころか、こうして顔を間近で拝むのも初めてだ。
姫は焦点の定まらない瞳で、いかにも心細そうに視線をさまよわせている。
そういえば、彼女は目が見えないんだった。
その顔立ちは抱きしめてあげたくなるほどに美しく儚いのに、白いローブを押し上げる胸は抱きしめてほしくなるくらいに存在感がある。
そんなギャップがたまらず、ハイランダー一族のほとんどが彼女を狙っていた。
国王よりハイランダー一族の誰かの嫁になるのは決定事項であったが、まさかこんなところにしけ込んでいたとは。
俺は素直に謝った。
「すまない、ラブライン様。せっかくのふたりっきりの時間を邪魔しちまって」
「と、とんでもない! わたくしは神狩り様に、その……乱暴されているところだったのです!」
姫は両手であたりをさわさわして、俺の足を見つけると、すがりついてきた。
「あの、どこのどなたかは存じませんが、わたくしを助けてください!
警護の者もいなくなってしまって、ひとりっきりなのです!」
俺はあたりを見回す。
庭の井戸のあたりで、血みどろになって倒れている騎士たちを見つけた。
俺はノビているブルースを睨みつける。
この野郎……!
警護を殺してまで姫を襲うだなんて、最低の野郎だな……!
衛兵にでも突き出してやりたいところだったが、こんな山奥に衛兵などいない。
それに今は姫を安全なところまで送り届けるのが先だ。
しかし、『大天空ジャンプ』でコテージが倒壊したショックで、庭に繋がれていた馬はみんな逃げ出してしまっていた。
俺はいちかばちか、姫を抱きかかえる。
もちろん、『お姫様抱っこ』で。
いきなり抱きかかえられてびっくりしたのか、姫の暗い瞳にありありとした戸惑いの色が浮かぶ。
「あっ、あの……!?」
「姫、ちょっとびっくりするかもしれないが、我慢してくれ」
「えっ? なにをなさるのですか?」
「口で言ったって信じてもらえないだろうから、肌で感じてくれ。
でも大丈夫、絶対に王都まで送り届けてやるから。しっかりつかまってろよ」
そう言うと、姫は覚悟を決めたような表情で、俺の身体にぎゅっとしがみついてきた。
そのいじらしさと花のような香りに、俺は胸の高鳴りを抑えるのに精一杯。
そして、一歩を踏み出した。
……どばひゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!
あっという間にコテージが小さくなる。
ひとりの時と変わらないジャンプ力に、俺は心の中でガッツポーズした。
やった! 『大天空ジャンプ』は誰かを抱えていても発動できるのか!
そしてみたび、スキルウインドウが開く。
『「ジャンプ」のスキルツリーに「タンデムジャンプ」と「エーテルジャンプ」が追加されました!』
『タンデムジャンプ』ってのは今やってるふたりがかりのジャンプのことだろう。
『エーテルジャンプ』ってのはなんだろう?
たしか『エーテル』ってのは天空だけに存在するという、神々が作り出した5つめの元素のことだ。
幻の元素ともいわれ、かなり強力な力があるらしい。
浴びたものはどんな怪我や病気でも治るというが……。
すると、俺の胸元にいたお姫様が、信じられない表情で、震え声を絞り出していた。
「め、目が……!? 目が、見えます……!?」
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