Welcome to Beast World

第7話 Truth

「イナズマ1号!」

「ぬおぉぉ!」


 ゴールデンハムスターのオスの実験体(通称:ディエゴ)とセキエイインコのメスの実験体(通称:ロス)が、矮小なハツカネズミのオスの実験体(通称:ちょうろう)を叫びながら蹴り飛ばした。ちょうろうは飼育ケースの壁に勢いよく衝突し、力なく床に伏した。


「ちょうろう様ぁぁ!」


 マングローブヘビのメスの実験体(通称:シスコ)が慌てた声を上げてちょうろうの元へ駆け寄った。ちょうろうは全身の力が抜けたようにぐったりとしていた。


「お二人とも! どうしてこんな!」

「「だってキモいんだもん」」

「それは……そうですが」

「そこは否定してやれよ」


 シスコはディエゴとロスの言葉に反論することができなかった。反論を待っていたディエゴは逆に動揺した。


 ちょうろうは先刻、ディエゴに交尾に誘った。当然ディエゴは拒否した。しかしちょうろうは引かずにしつこくディエゴを誘い続けた。それを見かねてロスが間に割り込み仲裁を試みたが、ちょうろうはお前もわしと交尾したいのかとロスに言った。そして二人は激怒し、冒頭の必殺技をちょうろうに喰らわせた。シスコも当然一部始終を見ていた。これはシスコも明らかにちょうろうが悪いと知っている。ちょうろうをかばう事はできなかった。


「しっかりしてください!」

「ぐ、ぐうう……わしも必殺技があれば……」

「ひ、必殺技ですか……」


 ちょうろうは小さな赤い瞳でシスコを見た。ちょうろうはこんな事になるならムゲン・ザ・ハンドでも習得しておけばよかったと思った。最近彼らの中では某超次元サッカーがブームになっているのである(ときどきアニメが飼育ケースの外から見られる)。だが必殺技を習得する前に言動を修正した方が先だろうとシスコは感じた。ちょうろうの意識は途絶えた。現実は必殺技を喰らえばこのように負傷退場間違いなしである。


「ちょうろう様ぁああああ!」

「気絶させただけよ。今度は力を調整したから」

「そういう問題ですか!?」

「そういう問題だ。なんせこの前はぶっ殺したからな」

「死ななければ自然と再生するしね」

「それはそうですけども!」


 シスコは全て理解していた。ちょうろうは満身創痍だが数分もすればまた元気になることも、この四匹で仲良くやっていかなければならないことも。


 ここが本当は一体どういう場所なのかも。自分たちがどういう存在なのかも。


 シスコは全て理解している。ここは日本の宮城県仙台市泉区にある仙泉せんせん大学の理工学部生物科学科の大石大地おおいしだいち研究室の四分の一程度のスペースを有している巨大な飼育ケースの中だということを。自分たち四匹の実験動物は数えきれないほどの遺伝子操作、ゲノム編集と外科手術を受けて人間を超える知的で強大な力を持つ動物だということを。


 他の三匹が、飼育ケースは小さな村で、外は天国で、人間はカミサマだと思っていることを。


「やっぱり殺そうかしら」

「そうだな。その方がいいかもな」

「ちょ、ちょっと!」


 それはそれとして四匹が仲良くなる日は来るのだろうかとシスコは不安だった。ほぼ完全にちょうろうのせいで関係が悪化していることも理解していたが、ちょうろうとも上手くやっていければいいなとシスコは願っていた。



「おはよー。ってまたやったのかお前ら」


 そんな飼育ケースを外から理工学部四年の研究室学生である川畑正也かわはたまさやがうわーと言いながら様子を見ていた。


「だってしょうがないじゃない。セクハラに対する制裁よ」


 ロスが私は悪くないわよと翼を羽ばたかせて言った。ロスは他のインコを軽く凌駕するほど流暢に日本語を発する事ができる。


「まあ、仲良くやりなよ。こっちも今ちょっと大変だからさ」


 川畑は四匹にそう呼び掛け、飼育ケースから離れた。後は頼むぞシスコと祈った。


 ふう、と川畑は息をつくと、荷物を恋愛映画のDVDだらけの自分の机の上に置き、椅子にだらしなく座った。ぼんやり天井を見上げる。古びた蛍光灯が細かく明滅している。目に悪そうだなと川畑は思った。だけど、と再び飼育ケースに目をやる。


 俺たちは世界に悪そうな事をしているんじゃないか、とも川畑は考えた。この研究室に入ったのは動物実験って面白そうだなという単純な理由だった。だがまさかこんな事までやっているとは思わなかった。こんなの人間を超える存在を創り出そうとしているみたいなものじゃないかと思った事も当然あった。だが実験を行う手は止めなかった。止められなかった。実験室では教授の意向が全てで、絶対なのだ。実験室では、教授が王様なのだ。ただの一般兵、もとい大学生が王様に反逆する事なんてできるはずなかった。


 だが、本当に反逆しなくてよかったのかと今になって感じるのも事実だった。現に同期の山崎が一週間も行方不明になっている。未だに連絡は取れていない。一体どこでどうしているんだと川畑は考えたが答えは出なかった。どこに行ったのかも検討がつかなかった。


 こうして川畑が長々と思考を巡らしていると研究室と廊下を隔絶している重い扉が突如として開いた。川畑は慌てて姿勢を整えた。どちらにせよ山崎が行方不明になっている以上実験や研究を進める事はできないのだが、だらしなくしていると心象は悪いだろうなと思った。


 誰だろうと思って川畑は扉の方向へ目を向けた。まあこんな朝っぱらからここに来るなんて大石教授くらいだろうと思っていた、が。

 

「グオオオオオッ!!」


 研究室に入ってきたのは、星川だった。


 星川は。












 まるで血液が通っていないかのような蒼白した顔で。













 黒目が全て消えたかのような白濁した目で。













 血のような暗く赤い液体を付着させて大きく開いた口元で。







 川畑を、見つめていた。




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