第26話 馬車と子供

私の言葉にハッとした治がまた慌てて馬車の方へ蜻蛉返りする。

あっという間に小さくなった背中を見つつ、どうにか手足に力を入れる。

立って歩け──、どの漫画のセリフだったっけ。そんなことを考えながら、震える手足でよろよろと立ち上がる。

未だに震える体をなんとか意思の力で押さえつけ、治の後を追う。


「おい、大丈夫か?」


幸い、さっきよりは馬車の荷台との距離が近かったためすぐに治の背中に追いつく。

無事を確認するために幌を両手で分けて荷台を覗き込んでいた治は、無言だった。

広い背中に遮られていたせいで、もしかしたら誰か怪我でも──と思い、治の横から荷台を覗き込んだ私は、思わず息を呑んだ。


「なに、これ……。」


痩せこけ、怯えた様々な人種の子供たちが、荷台の奥で震えている。

一番大きな女の子が、小さな子たちを守るように前に出ている。

治を一生懸命に睨みつけているその子の体はガクガクと震えていて、目には大粒の涙が溜まっていた。

それでもなお、治を映した目には敵意と決意が光っている。


「……っ、ね、ねぇ。怪我はしていない?」


その光に思わず息を呑んだが、それはそうかと思い直して子供たちに声をかける。

女の声がしたからか、子供たちの目が一斉にこちらを向く。

私の姿を視認した女の子が、糸が切れたように崩れ落ちたのをきっかけに、子供たちがしゃくりあげ始める。


「「わぁああああああ〜〜〜〜!」」


大声で泣き始める子供たちに、揃って肩を跳ね上げ耳を塞ぐ私と治。

大丈夫だから、と言いながら手を伸ばすと、わっと子供たちがこちらに駆け寄ってくる。


「ごわっ、ごわがっだぁぁ〜〜」


「おねぇっ、ちゃんたち、ありっ、ありがっ。」


口々に恐怖と安堵を訴える子供たちに、思わず顔をしかめてしまう。

この身体になったせいだろうか、やたらキンキンとした声が頭に響くし、声の大きさで脳が揺れるような感覚すらある。

知覚過敏ならぬ、聴覚過敏……?

そのうち、意識的に音を遮断する訓練とかしなきゃいけないかも──。

なんて現実逃避のように考えていると、子供たちを守っていた女の子が子供たちに声をかけた。


「やめなさい、みんな。お姉さん、困ってる。」


女の子にそう言われ、子供たちは啜り声をあげながらも一斉に口をつぐむ。

その異様な様子に、困惑しながら耳に当てていた手を離す。

ひっく、ひっくという声が響く中、女の子は深く頭を下げた。


「助けてくれて、ありがとうございます、ました。」

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