第25話 正解
「──っ、治、ちょっとくらい怪我する覚悟はあんだよね!?」
「当然っ!!」
間髪いれずに返ってくる返事に、ニヤリと笑う。
手が震える。声も震える。
きっと正解なんてない。一歩間違えば治も私も死ぬ。
でも、もう、私もあのバカも、引き返せないから。
「獣なら鼻と目と、あと耳が弱いはず……! だから思いっきり──」
すうっ、と息を吸う。
だったら、全力で。
そして叫んだ。
「全力で、鼻っ面を殴れ!」
「任せろ!」
走っていた勢いのまま、治は狼の鼻っ面に勢いよく殴りかかった。
狼は私の叫び声にびくんっ、と反応し治の拳を避けようと身を外らせる。
──もしかして、私の言葉を理解した……?
いや、まさか。恐らく私の大声に反応し、治の気配を察したんだろう。
「っ、クソ、掠っただけか……!」
驚異的な身体能力となっていた治の勢いある攻撃は、狼の反射神経とギリギリの攻防をしていた。狼は拳のスピードに反応して避けようとしたが、治のスピードの乗った拳がぎりぎり狼の鼻をかすめていた。
しかし、治がもう一度振り上げた拳は狼の毛を掠めることもなく、狼は少しふらつきながらも危うげなく治の拳をかわす。
「……。」
狼はジロリとこちらを睨んでくる。
鋭い目つきに晒され、ぎしっと音を立てたかと思うほどわかりやすく体が硬直する。
「……フッ。」
狼はどこか人間くさく鼻を鳴らすと、大きく跳躍した。
「う、わっ!?」
思わず大きな声をあげてのけぞると、狼は跳躍の勢いそのままに森の方へと跳んでいく。
「に、げた……? いや、逃がされた、のかな……。」
ぺたん、と尻餅をついたまま、狼の背中を見送る。
その様子を見ていた治が慌ててこちらに駆け寄ってきた。
「オイ茉莉! 大丈夫か!?」
「あ、はは……平気平気……腰抜けた、だけ。」
なんとかこの場を切り抜けた、という現状に、今更ながら緊張より恐怖が優ったらしい。
先ほどよりも大きく震える手足。吹き出す脂汗が、それを分かりやすく体現していた。
「怪我はねぇか!?」
狼のように跳んでこっちに向かってきた治が大慌てで私を抱き起こそうと手を伸ばしてくる。
その手に手を重ねようとして、重要なことを思い出した。
「だ、大丈夫。そ、それより、子供は……!?」
狼に襲われていた馬車からは、子供の悲鳴が響いていたはずだ。今は静かになっているが、果たして無事だったのだろうか。
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