十三章【運命を変えるたった一つの方法】

 夕方、僕は喫茶店--カフェ・デリカに訪れていた。


 『CLOSED』と書かれたプレートがかけられている扉を開ける。


「いらっしゃいませ。あっ、彼岸さん来てくれたんですね」


 客の来店を知らせるベルが鳴り、店の奥にあるカウンターで作業をしていた明乃さんがこちらに気付くと出迎えてくれた。


 昨日の夜、残りの詳細は人がいないところで話したいと言われ、この場所を指定されたのだった。


 打ち合わせの時にも使っていたので迷うこともなかった。


 さがら荘には事情を知らない朝比奈もいるしな。


「明乃さん、彼岸くんもう来てくれたの?」


 店の奥から声がすると、同じくカフェの制服を着た夏目が顔を出す。


 明乃さんの茶色を基調としたチェック柄の襟とそれより少し明るめの茶色と白のボーダーが入った制服とは違い、夏目のは濃い赤と薄いピンクが基調とされたエプロンドレスの制服である。どちらもよく似合っている。


「その姿ってことは、夏目もここで働いてるのか?」


「遠出するとそれだけで時間もお金もかかっちゃうし、大学のお金も稼がなきゃいけないから近場で働ける場所を明乃さんに紹介してもらったの」


 ただでさえ大学生の1人暮らしというのはお金に困る時期だ。 


 サークルの飲み会や友達との付き合い。高校生と比べ行動範囲が広がる分それだけ余計にお金がかかってしまう。


 それにここら辺のバイトを募集しているところは他の学生から引く手数多だろうしな。ここなら大学から離れている分その心配はする必要はなさそうだ。


 僕は感心した視線を明乃さんに送る。


「顔が広いんだな」


「そんなことないですよ、蝶を集めるには人が集まる場所の方が都合が良いんです。それに死神の仕事をするには交友関係を広く持たないといけませんしね」


「ところで--」


 ぐるっと店内を見回してみるが、この店のオーナーらしき人影は見えない。


「この店のオーナーにはちゃんと許可を得ています」


 様子から察したのか説明を加えてくれる。理解があるオーナーだな。


「それでは--」


 こほんっと、明乃さんは咳払いをすると、


「彼岸さんが今置かれている現状について説明します」



 目の前のテーブルにはティーカップに並々と注がれた紅茶が人数分置かれている。


 その中の一つに無意味に砂糖を落とし入れる。紅茶の水面に、小さな波紋が広がる。


 だが底に沈むナニモノかを見通すことは、それだけでは難しい。


「彼岸さんがどうして時間を巻き戻してしまったのかは昨日、説明したと思います」


「そうだな」


 肯定を1つ落とす。


「それで、たしか……どうやって蝶を捕まえるのか、でしたね」


 昨日はそこで朝比奈がお風呂から上がってきたため中断してしまっていた。


「彼岸さん。死神といわれて想像する武器はどんなものがありますか?」


 明乃さんは昨日と似たような質問を投げかけてきた。



「絵や漫画によっては楽器やノートを持ってるのを見たことはあるが基本的には大鎌……鎌なんじゃないのか?」


「そうですね。その認識で合っています」


 明乃さんは肯定の意を示す。


「ですが現代の日本の法律上、鎌なんか持って夜道を歩いていたりでもしたら警察のやっかいになってしまいかねません」


「それもそうだな」


「ですから我々死神は特別な力を神からもらっています」


 明乃さんはそう言うと集中するように目を閉じる。そして何もない空間に手をかざす。


「何を始める気なんだ?」


「見てれば分かるわよ」


 僕の疑問に隣にいる夏目がそう返すと、明乃の身体が目が眩むほどの光に覆われた。


「な、なんだ!?」


 光がしだいに収まりうっすらと目を開けると--


 そこには人のサイズほどもありそうな大鎌を手に持った明乃さんの姿があった。

 

「つまりこういう事です」


「いや、さっぱりわからないんだが」


「必要に応じて鎌の出し入れが可能というわけです」


 そういうことなのか? 便利だな。それにしてもーー


「なんで、マントまで羽織る必要があるんだ?」


「こ、これはですね。雰囲気を出すのは重要なことでしょう? それにかっこいいじゃないですか、マント」


「で、どうやって蝶を回収するんだ?」


「それはですね」


 そう言うとランタンの中から蝶を1匹、喫茶店の中へ解き放つと、蝶にむかって大鎌を振り下ろした。


 蝶が大鎌によって斬られたかと思ったが、大鎌が蝶の身体を捉えると同時に蝶は青白い光を残しながら空気に溶けるように霧散した。


 ランタンの中を確認するとさっきの蝶が何事もなかったかのようにランタンの中をふわふわ飛んでいる。


 それを明乃さんは確認する。


 その光景を見て1つ思い出したことがあった。


「私たち死神がどのようにして蝶を回収するかは分かってもらえたかと思います」


「蝶のことについてはわかったが……1ついいか?」


「なんでしょう。なにかわからない点でもありましたか?」


 僕は首をふる。


「いや、その蝶を見て思い出したことがあるんだ」


 そうして最近その蝶を目撃したことについて明乃さんたちに話した。




「ふむ。あらかたの事情はわかりました」


 明乃さんは肯くが、困ったように眉を細める。


「しかし、大学全体となると候補が多すぎますね」


「さすがに何百人もいる中から探すのは無理があると思う」


 夏目も明乃さんの意見に同感らしい。


 確かに全学生の中から探し出すのは困難を極める。でも、可能性でしか無いが僕には1人心当たりがあった。


 蝶の持っている感情に同調してしまうぐらいの悩みを持っているかもしれない人物。

 

 まだ、あいつが昔のことを引きずっているんだとすれば……。


 だが、早急に決めるには情報が足りない。


「それではその件はこちらで調査しておきます」


「よろしく頼む」


 そうして明乃さんは『本題がそれてしまいましたね』と言うと。声色を1段階落とす。


「でも、本題はここからなんです」


 ぴりっと喫茶店の中が緊張で包まれていく。


 明乃さんは僕の目を真っ直ぐに見つめる。


「私たち死神の仕事は現世を漂う蝶を回収して輪廻転生の輪に戻すことというのは昨日お話ししたと思います。ですが、蝶の影響を受けている人から蝶を回収するには蝶を引きつける原因となったその人が抱えている問題を解決しないといけないんです」


「それはなんでだ? そんなことしなくてもその鎌で切ればいいだけなんじゃないのか?」


 僕は明乃さんの持っている鎌を指差す。


 だが、明乃さんは首をふる。


「いえ、あくまでこれは蝶を回収するためだけの道具にすぎません。蝶を回収することで少しだけ気分は良くなるかもしれませんが、しばらくするとまたその人に蝶が引きつけられてしまいかねません」


 つまり、根本的な問題を解決しないとダメというわけだ。


「それで、彼岸さんの魂が蝶を吸収して強大になってしまったことは昨日説明したと思います」


「その影響で時間を戻してしまったってことだったよな」


「そうです。それで普通ならその蝶も私たち死神が回収するのですが、彼岸さんを見つけるのが遅れてしまったということもあり、今は完全に彼岸さんの魂と蝶が一体化してしまってまして……」


 明乃さんが申し訳なさそうに俯く。


「このまま無理やり切り離そうとするの彼岸さんの魂までも傷付けてしまいかねず、切り離せない状況になっているんです」


「そういう時ってどうなるんだ?」


「昨日、彼岸さんはイレギュラーな存在だと説明しましたよね」


「そうだな」


「あと神は奇跡を使えるほどの魂が生まれないようにしたとも」


「たしかそんなことも言ってたな」


「なのでそんなイレギュラーな彼岸さんの存在を神は快く思いませんでした。そして今、彼岸さんは神から危険視されているんです。それに神様の中でも暴力でもって問題を解決しようという荒々しい神様もいます。なのでそんな神が彼岸さんの存在を力ずくで消しにかかる可能性もないわけではありません」


「何か方法はないのか?」


「そうですね。最終的に彼岸さんがふたたび世界を上書きしないようにこの世界線で幸せになってくれるというのが一番いいのですが、未来というのはその結果に至るまで不確定な要素が無数に枝分かれしているので必ずしもそれまで神が待っていてくれる保証もありません。しかし、それに至るまでの過程で結果は何にでも変えられることはできます。なのでーー」


 明乃さんはそこで一度言葉を区切って僕を真っ直ぐ見つめると。


「私たちの蝶を回収する手伝いをしてくれませんか?」


 そう言った。


 もはや、選択肢はひとつしかないと思ったが。

 

「もし、ここで僕が断ったらどうなるんだ」


「最悪、今すぐにでも殺されてしまいかねませんね」


 明乃さんが困ったように失笑する。


 なら、答えはひとつしかないだろう。


「わかった。僕にも明乃さんたちのこと協力させてほしい」


 僕の答えに明乃さんは満足そうに肯く。


「それでは上の方には私から伝えておきますので。これで直接的に神が彼岸さんに手を加えることはないかと思いますが、これから蝶の回収の手伝い頑張ってくださいね」


 それから話が終わった後、解散することになったのだが。


 僕は明乃さんを呼び止めた。


「明乃さん、ちょっといいかな……じつはーー」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る